6.辛く情けないロングライド

ママチャリで、往復12時間かけて明石に行ったことがある。
俺の住む西宮市から明石市まで、往復約90㎞の道のり。

十数年前、西宮市で一人暮らしを始めて少したった頃。
休みの日、時間があれば大阪に出て、職場の同僚や昔からの友人と遊ぶ。
その時も、たまたま土日連休がとれたので、土曜の夜に梅田で同僚と飲んだ。
飲み会も終盤になり、「明日も休みやけど、なんも予定ない。どうしょうかぁ」と考えていると、ふと、「自転車で遠出しよう」という気分になった。
金はかからない。
体動かせて健康的。
暇つぶしにもなる。
そう考えてみると、いいことづくめではないか。

飲み会の帰り、普通の書店より遅くまで開いてる信長書店に寄り、兵庫県の地図を買う。
俺がここでエロ本以外の本を買ったのは、最初で最後だ。
地図を読み、家からママチャリで行ける距離で、現実的であり達成感を感じれる町を調べた。
明石にしよう。
俺は城巡りが好きなので、明石城を目指して行く。

翌朝、早朝から出発。
芦屋市、神戸市を経て明石市に向かう国道2号線は、この時間、車も歩行者も少ない。
神戸に入ったあたりで、車にはねられた黒猫を食べているカラスの群れを見た。
灰色のアスファルトの上に黒い塊。
異様な光景であり、不快である。
「朝っぱらから縁起悪いもんを見てもうたぁ…」。

2号線を突き進み、須磨まで来た。
俺としては、道なりに走ってきたつもりだったが、いつの間にか住宅街の狭い道を走り、海岸に出た。
自転車をひいて、ひとり砂浜を歩く俺。
まわりからは、何者に見えただろうか?

なんとか明石城に着き、ベンチでひとり佇む。
「俺、何してるんやろ?」。
帰ることにした。

帰り、精神的にも肉体的にも疲れ、休憩したくなったので、神戸の長田辺りにあるパチンコ屋に寄った。
30~40分ほど打ち、あっさり5千円負け。
自分が何をしているのか、何がしたいのか、段々とわからなくなってくる。

三ノ宮では、特に用事もないのに電気屋に寄った。
パソコンのソフト売り場をうろついてると、「信長の野望 天下創世 PK」発見。
このシリーズ、大好き。
小6の頃からやっている。
迷いなく買った。
仕事が忙しかったりいろいろあって、越すのに10年かかったが、自分の中では傑作だ。

夕方、家に着いてから、明日の筋肉痛に不安を感じながら、ゴロゴロした。

以上が、十数年前、初めて自転車で明石に行った時の思い出。
その後、クロスバイクを買ってから何度か明石に行ったが、それについての思い出はあまり無い。
快適で順調なロングライドだったんだろう。
おそらく、辛い、情けない自転車旅行ほど思い出に残るものだと思う。

5.店主とクロスバイク

クロスバイクを買う際、少々苦労した。
名前くらい聞いたことがある程度の知識だが、スポーツ自転車には、マウンテンバイクやロードバイクなどいろいろ種類があることは知っていた。
ただ、それらの具体的な性能、用途がわからなかったので、どの種類のスポーツ自転車が自分のニーズにあうのか判断できない。
自分のニーズとしては、今まで(ママチャリに乗っていた時代)より快適に走り、小旅行にも利用できるタイプ。
5~6万円におさまる値段で。

調べてみたところ、基本、舗装した道のみ走ることを前提に考えていたので、未舗装の道に適したマウンテンバイクは却下。
せっかく買っても、性能が発揮されないともったいない。
ロードバイクは、見た目も格好よく、いかにも遠くまで速く走れそうだが、値段的に高いので却下。
今では安くなったが、当時、アルミフレーム、SHIMANOのTiagraというコンポーネントで構成された入門用のものでも15万円近くした。
「入門用でこの値段?ふざけるな、アホンダラー!」。

次にクロスバイク。
値段的にはいける。
ロードバイクの平均価格を知った後なので、良心的にさえ感じる。
ロードバイクほどスポーツに特化したものではないが、ママチャリになれてた俺には十分な性能だろう。
決めた。

次に、クロスバイクを扱っているお店が近くにあるか?
普段、パンク修理で利用するような町の小さな自転車屋でも売っているのか?
ネットで調べたところ、よく飲みに行く通りの裏に1軒あった。
店のホームページには、親切にも在庫表が記載されている。
その中に2つのメーカーのクロスバイクがあり、どちらを買うか検討した。

メーカー名「GIANT」。
自転車大国である台湾のメーカー。
比較的安く、性能の良い自転車を製造しているようだ。
初心者にはもってこいのクロスバイクがあるが、阪神ファンの俺には抵抗を感じる。
「TIGER」なら即決なのに。

「BRIDGESTONE」。
タイヤのイメージしかなかったが、自転車も製造してるらしい。
迷ったら日本メーカーの製品でいいだろう。
ということで、BRIDGESTONEのordinaというクロスバイクを買いにお店へ向かった。

人柄の良さそうな店主にordinaを買う旨伝えると、「こういうタイプの自転車を買うのは初めて?」と聞かれた。
それまでまったく想定していなかったのだが、スポーツタイプの自転車は、パンクした時、自分で対処しないといけないそうだ。
前輪、後輪の外し方、はめ方。
タイヤの片側をホイールから外して、チューブを交換する方法。
貴重なことを教えてもらえた。

お金を払ってすぐに乗って帰るつもりが、店主と話し込んだせいで、入店から1時間近く経過していた。
「最後に何か質問ある?」。
「自転車に乗ってる時に、WALKMANとかで音楽聴きながら走ってもいいんですかね?」。
法律上の問題、また、マナーの問題として、俺は確認をとりたかったので、聞いてみた。
「あかんで!」。
少し興奮気味に言う店主。
そして、間髪入れずに、「自転車に乗る時はな、空気や風の音、後ろから走ってくる車の音、路面からの振動を五感で感じながら走るもんやで!」。
「ビシー!!」という効果音が(俺の脳内で)鳴り響き、店主の顔が止め絵に見えた。

4.nav-uのおかげ

車も無ければ、免許も無い。
普段、車で遠出する習慣が無い俺には、自転車小旅行をしようにも道がわからない。
クロスバイクを買ったのはいいが、「京都に行こう!」「姫路に行こう!」と企画しても道がわからない。
俺が住む兵庫県西宮市から目的地まで、だいたいの方向はわかるが、俺のつたない知識だけでは不安だ。

vaioやwalkmanなどSONY製品を愛用する俺にメールがきた。
SONYからだ。
自転車にも対応するカーナビ、nav-uの新型が発売すると。
俺は飛び付いた。

カーナビをクロスバイクにつけて遠出をするとかなり便利。
ただ、毎週毎週遠出するわけではないので、ナビとしての性能を頻繁に発揮するというわけではなかったが、 それ以上のメリットがあった。
消費カロリーを教えてくれる点だ。
ダイエットを志す俺にとって、本当にありがたかった。
ちなみに、消費カロリーを知るには、性能のよいサイクルコンピューター(自転車のハンドルとかにつける小さい端末)でも可能なのだが、ホビーレーサーとしてデビューしたばかりの俺は、その存在を知らなかった。

時間に余裕がある時、nav-uをつけてサイクリングロードを走る。
消費カロリーが「1200kcal」と表示されたら、その日の食事は1200kcalまで。
「600kcal」と表示されたら、600kcalまでを心がける。
消費カロリーによって、その日の食事を決める。
おかげさまで、汗をかいて減量するパターンから、カロリーを基準として減量するパターンに切り替えるきっかけになった。

体重にしてもカロリーにしても、営業成績にしても偏差値にしてもそうだが、数値は価値のあるものだ。
事実、現実、結果を表現する数値は、本当に価値のあるものだ。
やった気になっただけ、できた気になっただけ。
それを回避できる。

nav-uによって消費カロリーを把握することはできた。
次は食事である。

食事について、元々、俺には変な癖がある。
かつて、俺の中で「ささみわさびブーム」があった。
「焼鳥の肝ブーム」もあった。
好きなものばかり毎日食うブームである。
独身、一人暮らしで、食事について他人から干渉されない俺は、徹底的に好きなものを食い続けた。
この時は、ちょうど「とろろ蕎麦ブーム」だった。
とろろ蕎麦のカロリーをチェックすると、「理論上、このダイエットは成功する」と確信。
毎日、とろろ蕎麦を食った。
また、なるべくストレスを貯めずにダイエットしたいので、適度に酒を飲んだ。
芋焼酎、一本にしぼって。

みるみるうちに体重が落ちた。
努力がすぐ結果に結び付くのだから、毎日、自転車に乗ることも体重計に乗ることも楽しくて仕方がなかった。

3.1999年

大学を1年留年した。
さらにもう1年留年という不幸な可能性もあったが、ギリギリの単位でなんとか卒業はできた。
ただ、卒業したものの就職活動などまともにしておらず、卒業と同時に路頭に迷う羽目に。

「とりあえず仕事をしなくては」ということで、デューダか何かの転職情報誌を買ってきて、新卒を募集している企業をピックアップした。
そして、その中でもソフト開発系の企業に絞って応募した。
元々、ソフト開発という仕事に憧れがあったわけではない。
「座ってする仕事はラクそう」とか「女ウケよさそう」とか、どうしようもなくくだらない動機である。
俺は、後々、痛い目にあう。

大阪のある企業の面接を受けた結果、「現時点では、正社員としての採用できないが、まず、うちの派遣社員として結果を残してから正社員に登用するということでどうか?」と言われた。
正社員じゃないのなら、コンビニでバイトしてるのと同じじゃないか?。
この時、俺はどう返事をしたか憶えていない。
すごく複雑な心境だったと思う。

数日たち、昼まで寝ている生活をしている俺の携帯に電話があった。
それが午前中だったので、不愉快な気分で電話にでたところ、派遣をすすめてきた企業の営業さんからだった。
「開発中の携帯電話をテストする仕事なんですが、どうですか?」と。
1~2分、「俺にできるんかなぁ?」と悩んでいたところ、「あなたにしてもらおうと思って仕事をとってきたのですが、煮え切らないのなら結構です。他の人に紹介します」と脅しをかけられた。
「自分がやります!」。
反射的に言ってしまった。
負けた気分。

ゴールデンウィークが終わり、初出勤の日がきた。
場所は、郊外にある大手家電メーカーの製作所。
そこの最寄り駅で待ち合わせ、これから共に働く15人ほどのメンバーと対面する。
後々考えるとアホらしいが、その時は緊張した。

製作所の中にある、社員寮を改装した建物に連れて行かれ、その中の一室の適当な席に座らされた。
それぞれ名前程度の自己紹介をし、作業についての説明を受ける。
ラインから流れてきた携帯電話のボタンの位置やアンテナがしっかり刺さっているかチェックする。
そんなライン作業をするものだとばかり思っていたのだが、「試験書に則ってソフトの動作確認をし、バグを報告する」とのこと。
その時、初めて自分の仕事を理解した。

説明が終わった頃、ちょうど昼休みの時間になったので、上司を先頭に全員で食堂に向かった。
古びた会議室のような食堂に入ると、山積みになったプラスチックの弁当箱があり、それを取って食えとのこと。
弁当箱を開くと、酸っぱい匂いがした。
食べてみると、結構まずかった。
ご飯は冷えており、おかずもやたら酸味がきつかったが、「さすが大企業やな。昼飯が支給されるなんて」と感心しながら食った。
月末に請求がきてあせった。

作業部屋に戻り、これから使う自分のパソコンを組む。
組み終わり、俺は電源ボタンを押した。

この時、俺、24歳。167㎝60㎏前後。
10年後、82㎏。

2.STARTING OVER

月に何度か仕事の都合で役所に通う予定があった。
会社から役所まで電車で3駅。
歩いた場合は30分程度。
「3駅ぐらいの為に電車賃払うのもアホらしいなぁ」ということで、歩いて役所に向かったが、よく考えてみると時間がもったいない。
ならば、家から自転車を持ってきて、それを利用しよう。
いやいや、よくよく考えてみると、俺には自転車が無い。
以前、駅前にとめていたところ、撤去されて保管期限が過ぎていた。
関係の無い話だが、俺の家にはテレビが無い。
車も無い。
そもそも免許が無い。

「ならば自転車を買おう」ということで、どのような自転車を買うか検討してみた。
以前、ママチャリを少しスポーツタイプにした自転車(撤去済み)に乗っていたのだが、次買うなら、もっとスポーティーな感じが良い。
役所に行く為だけではなく、趣味として近場を快適にサイクリングしたり、小旅行できるタイプの。
どの様な車種があるか?価格はどの程度か?また、それを近所の自転車屋で買えるのか?
ネットで調べたところ、どうもクロスバイクというものが俺のニーズにあうらしい。
値段は、5~6万円でそれなりのものが買えそう。
歩いて行ける範囲に5~6万円のクロスバイクを扱っている店があった。
「さっそく行ってみよう」ということで、さっそく行ってみて、さっそく買った。

店主のおっちゃんからチューブの交換方法など教えてもらった後、店を出て少し走ってみる。
普段、高性能な自転車に乗らない自分にとって、別世界だった。
速い、軽い。
路面をすべるような感覚。
「何㎞、何十㎞も走れる」。
そんな自信が湧いてくる。
2万円程度の自転車しか買ったことがない俺にとって、5万の自転車を買うのは少しの度胸が必要だったが、もう既に元が取れた気分。

休みの日、近くのサイクリングロードに行った。
2時間で40㎞ほど走った。
汗でTシャツが胸に貼りつき、まわりから見たら不快かも知れないが、俺自身は爽快でしかない。
帰って体重計に乗ってみたところ、2kg落ちていた。
探していた「痩せるきっかけ」がここにあった。

以後、「趣味は何ですか?」と聞かれると「自転車です」と答えている。
大事な大事な自転車は、大事に扱わないといけない。
家に帰っても駐輪場にとめず室内保管とし、コンビニに入る際は盗まれないよう早めに用事をすますよう心がけた。
当然、役所の駐輪場に10数分とめるのもご法度である。
結局、役所に歩いて行く日々が続くこととなったが、この時から、俺はやり直す。

1.過去の俺を振り返って

隣のテーブルを見て、「お前ら、さすがに太りすぎやろ?」と思った。
深夜、神戸のラーメン屋を訪れた時のことである。

その日、日付が変わるちょっと前、仕事を終えた友人Nさんに車を出してもらい、神戸に向かった。
神戸の人なら誰でも知っているであろう有名なラーメン屋。
その本店めがけて。
以前、うちの近所に支店があったのだが、正直、ラーメンは俺の口にはあわず、印象としては「ラーメンより唐揚げがうまい店」。
「本店なら同じラーメンでも格段にうまいかも?」と淡い期待を寄せた。

Nさんと世間話をしつつ、注文したラーメンを待っている間、ふと隣のテーブルが目に入る。
そこには、目を疑うほどの肥満体、肉の塊のような3人が必死でラーメンを食っていた。
ゆったり目の4人掛けテーブルが小さく見える。
昔、初めてプロレスを生観戦した時、テレビとは違い、リングが小さく、そして選手の体が大きく感じた。
そんな懐かしい思い出がよみがえってくる。
彼ら3人には、徹夜で対応しなくてはいけない仕事があるのだろう。
皺の入ったくたびれたワイシャツを着、ズボンのベルトをゆるめ、ラーメンをかっくらう肉の塊。
過去の俺も同類だった。

仕事柄、朝から晩までパソコンの前に座り、終電で帰る日々。
常に時間が気になり、「今日はなんとか終電より1本でも早い電車に乗れるように頑張ろう。その分、睡眠時間が10分でも増えるんだ」と自分を鼓舞するが、それが叶わない現実。
週に1度の貴重な休みは、溜まった洗濯物を処理した後、余った時間で納得いくまで飲む、食う、
わざわざ隣町の焼き鳥屋まで行き、たらふく飲み食いした後、駅前のモスバーガーに寄ってハンバーガーをテイクアウトする。
家に着いたら、それを食い、また酒を飲む。
そして横になり、気づけば月曜の朝。
出勤。
納期が近付くと、終電で帰ることも困難な毎日。
徹夜を決心すると、深夜も営業している飲食店で腹ごしらえだ。
ベルトをゆるめ、ワイシャツのウエスト部分に入った皺を見て、「だらしない」と自覚するが、それでもラーメンをかっくらう。
167cmの俺の体はブクブク太り、82kgに到達した。
視界の隅にある肉の塊3体と比べると、過去の俺はいかんせん小振りではあったが、デブはデブだ。
「見栄えが悪い。健康にもよくない」と太るデメリットをわかっていながら、「仕事柄、仕方がないんだ。環境のせいなんだ」と他人にも俺自身にも言い訳をしていた。
でも、本当のことを言うと、痩せるきっかけを探していたんだ。

「もうあの頃の体に戻りたくない」と強く思う。
Nさんとの世間話が耳に入ってこない。
わざわざ車で神戸まで来たのに、ラーメンの味などどうでもよくなった。