62.やっぱりペンギン歩きをする(1)

ロングライドで淡路島に行った帰り、いつものように、休憩をとろうと明石市役所の近くにあるコンビニに寄った。
目の前に海が広がるこのコンビニを、俺は気に入っている。
コンビニ前の駐車場に入り、左足をくぃっと回してビンディンペダルからシューズを外そうとした時、妙な違和感があった。
いつもなら、軽く左足をひねって「バチン!」という音がするのだが、それは無く、2、3回ひねってやっと外れる。
「ちょっとおかしいな。いつもと違うな」とわかっていながらも、ハイチュウやのど飴、水などの買い物をして家に向かった。
途中、赤信号で停止しようとした時、更なる異変に気付く。
左足が、ペダルから離れない。
仕方がないので、右足をひねって、右足で着地し、停止する。
これはまずいことになったと思った。
帰るまで、左足はペダルに固定されたままだ。

基本、道路の左端を走るロードバイクは、重心を車とは逆側、つまり左側に置いて停止するのだが、それができなくなった。
その点に気を付けて、家までの約40㎞を走らなくてはいけない。
なんとか家に着き、マンションの1階から俺の部屋に上がろうとしたが、左足がペダルと固定された状態なので、ロードから降りることができない。
仕方がないので、左足だけビンディンシューズを抜き、ペダルに固定させたまま、俺はロードを担いで階段を上がった。
この時、右足は靴を履いているが、左足は靴下だけの状態なので、「誰ともすれ違わないでくれ」と真剣に念じた。
俺にも世間体というものがある。

部屋に入り、ロードを玄関の脇に立て掛け、固定されたビンディンシューズとペダルを分離する作業に入った。
無理だ。
力業では無理だ。
ここは冷静になろうと、ロードを見つめながら一息着く。
誰も乗っていないのに、ペダルにシューズが乗っかったロード。
なかなかシュールな光景である。
他人事なら笑えるが、自分のことなら、頬がピクリとも動かない。
さて、どうしたものか。
ネットで調べてみて、いろいろ試してみるが、事態は変わらなかった。

「新しいのを買うしかないか」
悩んだ結果、出た答えがこれだ。
このビンディンペダル、値段がそれなりにしたと思うが、毎日俺に踏まれ、頑張ってくれたし、俺としても十分に元を取ったと思っている(別れ方は、少々情けないが)。
よく考えると、サドルバッグ(サドルの下に着けるバック。予備のチューブや軍手などを収納する)に六角レンチが入っていたのに、明石のコンビニで異常を感じた時、何故俺はメンテナンスをしなかったのだろうか。
そうすれば、こんなことになっていなかったのかも知れないのに。
反省しても、もう遅いですね。

やはり、また、いつもの「俺は梅田のウエムラサイクルパーツに向かった」になるようだ。

61.犬と生垣(4)

死ぬ覚悟をした後の吠えまくるパピヨンと、飼い主のおばちゃんに別れを告げ、俺はサイクリングロードを家に向けて走る。
犬同様、俺は俺で興奮状態になったので、なるべく早く家に帰って落ち着きたいと思った。
手が痛い。
半袖のTシャツを着ていたため、生垣に突っ込んだ時、もろに枝が手に突き刺さった。
ドクドクと血がながれている感覚も、ハンドルを握った手にはある。

走りながらも考えていた。
俺が飼っていたシーズーと、ひきそうになったパピヨンがよく似ていたなと。
耳が立っているか、垂れているかの違いだなと。
ロードバイクでうちのシーズーをひくなんて、想像しただけでも怖いものがある。
俺は怪我をしたけど、犬だけは無傷でよかった。
また、今までは子供の飛び出しには気を配っていたが、犬に対しても注意が必要だ。
ロードに乗る時はいつも、自分なりに慎重になっていたつもりだが、今まで迂闊だったようだ。
そう思いながら、サイクリングロードの脇にある坂を上がり、車道に出た。

家までの短い距離の中、小刻みに信号がある。
赤信号で停止して、青になるまで待つ間、やたらと歩行者の視線を感じた。
ちょうど夏の時期で、汗をかきまくり体重が激減していたので、「俺も国民的アイドルに一歩近付いたか。この視線の意味は」とのんきに受け止めていた。

家に着く。
当時、サイクルジャージではなく、普通のTシャツで走っていた俺は、1回走っただけで汗だくになり、なかなか乾かないTシャツを洗濯機に放り込もうとした。
その時、白いTシャツが、赤に染まっていることに気付く。
「前傾姿勢をとる時に、手の血がTシャツについてもうたんやな」ぐらいに考え、洗濯したが、先ほどの人々の視線は、血まみれTシャツを着ている狂ったやつへの視線と理解した。
俺は、ふて寝した。

数日経っても、ひきそうになったパピヨンが気がかりで、サイクリングロードを走る度にその姿を探した。
俺のせいで精神的ダメージを受け、散歩に行かなくなったとか、具合が悪くなってしまったら、後味が悪い。
とりあえず、「あの犬を見かけないのは、俺が毎日同じ時間に走っていないように、向こうも同じ時間に散歩しているわけではないのだろう」と思うようにした。
その後、確か1ヶ月ほど経ってから、やっと見かける。
俺と接触しそうになった生垣の裏を、飼い主のおばちゃんと元気そうに歩いていた。
セーフ。
ほんの一瞬、その後ろ姿を見た程度だが、やっと肩の荷が下りた。

60.犬と生垣(3)

普段走るサイクリングロードは、山から吹き下りる風の影響なのか、山側に向かって走れば走るほど向かい風が強くなる。
必死でペダルを踏んでいるつもりなのに、スピードがのらない。
しかし、その日はたまたま風が弱く、走りやすい日だった。

山側の道は広く、周りは芝生なので見晴らしがいい。
木や成人の腰の高さまで伸びている草が密集している箇所は、事故を想定して神経質になるが、見晴らしがいいということは、俺にとって都合がいい。
トリッキーな動きをする小さい子が、急にアスファルトの道に飛び出してきた時、こちらとしては事前に停止する準備ができる。
そういう点で良い環境である。

山側の道にさしかかった。
右手に広い芝生。
左手に土手と芝生があり、四角い生垣がつらなっている箇所が一部ある。
その生垣も子供の背丈より低いので、さほど神経質にならずクランクをまわした。

生垣の横を走る。
低い生垣なので、その向こう側も見渡せる。
向かい風も無く、まわりに人がいない。
ペダルをガンガン踏み出して、すぐのことだった。
生垣と生垣の間に30cmほどの隙間があり、そこから小さな犬が飛び出してきた。
一瞬、10年前にあの世にいったうちの犬かと思う。
白とグレーのブチがそっくりだった。
驚いたのは俺も犬も一緒で、犬は勢い良く飛び出したのが裏目にでて、進行方向を変えれないと判断したのか、諦めたのか、道の上で仰向けになった。
「このままでは、犬の腹の上を走ることになる」と俺は思い、それを回避するためにハンドルを左にきり、ロードバイクごと生垣に突っ込んだ。
お互い、一瞬の判断だった。

犬をひかずにすんだ。
生垣に突っ込み、その細かい枝が突き刺さって手が血まみれになった俺は、ほっとしながらも興奮が続く。
犬は犬で、興奮状態。
俺にむかって吠えまくっていた。
事故を回避して吠えられても…と、やるせない気分になるが、犬は無事でよかった。
飼い主のおばちゃんが小走りに近付いてくる。
興奮状態の犬を抱きながら、俺に謝りまくる。
どうも、芝生の方で、顔見知りの飼い主と犬のコミュニティがあり、「先に挨拶しておいで」という意味で、犬のロープを離したそうだ。
犬は仲間のところへ向かおうと一目散に走り、そこで俺に出くわした。

子供の飛び出しには注意していたが、さすがに犬は想定していなかった。
俺なりに反省しなくてはいけない。
謝りたおすおばちゃんに、「彼もびっくりしたと思うので、後で優しくして、落ち着かせてあげて下さいね」と言って、その場を去ることにした。
おばちゃんに抱かれた犬は、相変わらず俺に吠えまくっていたが、もういい。
その犬はパピヨンで、俺が飼っていた犬の耳を立てた感じ。
かわいい顔をしていた。

59.犬と生垣(2)

仕事中、俺の携帯に母親から電話が入った。
飼っていたシーズーが亡くなったとのこと。
それと、明日、動物霊園に一緒に行こうと。
「飼い犬が亡くなった場合、仕事を休んでも許されるのか?」
その辺の社会常識が俺にはわからず、上司に相談。
「休んで行ってあげろ。そういうのは、ちゃんとしてあげた方がいい」と、すんなり許可が出る。
上司からは、以前飼っていた犬が亡くなった時、十分に供養してあげることができず、それを少し後悔しているという話もされた。
職場では、いつも険しい顔でカリカリしている上司だが、優しい人柄であることは、以前から気付いていた。
やはり優しい人だった。

翌朝、仕事を休み、電車に乗って動物霊園に向かう。
どういうわけか、叔母が同行しているのが謎だった。
駅から動物霊園の送迎車に乗り、急な坂道を登ると、慰霊塔が見えてきた。
車を降り、受付に行って、若い女性職員からいろいろと説明を受ける。
ニキビが少し目立つが、小柄で可愛らしいお姉さんだ。
その際、「亡くなられたのは、ワンちゃんですか?ニャンニャンですか?」と聞かれ、飼っていたのが犬でよかったと心から思った。
俺のキャラ的に、「ニャンニャン」を口にするのはハードルが高い。
関係無いが、以前、俺はBBUKAを愛読していた時期があるので、「ニャンニャン」という言葉を聞いた瞬間、反射的に「にゃんにゃん写真」を連想してしまう。
霊園という厳粛な場で、不謹慎極まりない。
話を戻す。
「ワンちゃんです」と答え、少しして葬儀が執り行われることになり、僧侶登場。
動物の葬儀と、そして担当の僧侶がいることを生まれて初めて知り、俺は驚かされた。
読経の間、「世の中には俺の知らんことがいろいろあるんやなぁ」と、しみじみ思う。
そして、間もなく、段ボールの中で目を半開きにして横になっている彼とお別れになる。

葬儀が終わり、母親と叔母はどこかに寄り道すると言うので、俺はひとりで帰った。
今まで犬の看病で疲れていた母親なりに、羽を伸ばしたかったのだろう。
家に着き、電気をつけてソファーに腰を掛け、俺はそのまま寝た。
次の日から仕事に追われる日常に戻り、今に至る。

犬を飼ったことがきっかけとなり、俺は犬好きになった。
普段、道を歩いていてる時も、ジョギングやサイクリングをしている時も、散歩中の犬を見かけると、つい見入ってしまう。
特に、シーズーを見ると、かわいらしく、そして懐かしく感じる。
そんな俺が、サイクリング中に犬をひきそうになり、心の底から懺悔したい気持ちになったことがあった。
今でも、ひかれそうになる瞬間の犬の顔をはっきり覚えている。

58.犬と生垣(1)

小学5年の冬、学校から帰り家の鍵を開けると、いつも夕方6時頃に仕事から帰ってくるはずの母親がこたつに入っていた。
「今日は早いなぁ」と特に気にせず、いつも通りランドセルをそこら辺に投げ捨てようとしたら、俺に向かって白黒のネズミが走ってきた。
俺の足の指を噛もうとする。
寒い中、制服の半ズボンを履いていたせいでパリパリになった俺のすねを爪で引っ掻く。
突然のことで驚きながらも、しゃがんでそいつを確認したところ、シーズーという種類の犬だった。
生後3ヶ月で、手のひらに乗る小ささだ。
話を聞くと、前々からペットショップでシーズーの子犬を予約していたそうだ。
そう言えば、その少し前に「オオクワガタ買って」と頼み込んだことがあった。
母親は、「子供の情操教育に役立つ」と考え、オオクワガタよりシーズーを選択したのだろう。

しばらく一緒に暮らしていると、好奇心旺盛で、とにかく活発、「なかなかおもしろいやつだなぁ」と思った。
ある日、俺がゴロゴロしていたら、床に置いていたティッシュの箱の前で彼は踊っている。
「何やろ?」と思い、近付いて観察すると、自分の体とそう大きさの変わらない箱から出たティッシュを、噛んでは投げ噛んでは投げを繰り返していた。
おそらく、ティッシュを噛んで引っ張り出したら、また次のティッシュが出てきたから、それが不思議だったんだろう。
「これはおもろいわ」と思い、母親にも教えたら、「やめてー」と叫んで飛んできた。
確かに、ティッシュがもったいない。

またもや俺がゴロゴロしていると、遊んで欲しそうに俺を見てきた。
俺は「ちょっと待っとけよ」と言い、手元にあった耳かきで耳掃除をしていると、耳に激痛が走った。
多分、耳かきの先にある綿に興味を持って、触ってみたかったんだと思う。
痛すぎて俺がもがいていたら、言葉は話さないが、申し訳なさそうにこっちを見ていた。
以後、同じいたずらはしなくなった。

目が大きくてまつ毛が長くて、足が短くて、素の顔と笑顔、必死な顔が極端で、常におもしろいことを探しているこの子犬も、大人になるごとに、少しずつ落ち着きをみせる。
「かまってくれ、遊んでくれ」と俺のまわりを飛び跳ねていたのに、自分の暇な時だけ俺に絡んでくるようになり、逆に俺の方から絡みにいく機会も増えた。
晩年は、足が悪くなり、歩くのに困難なようで、寝たきりになる。
次第に頭も正常ではなくなり、たまに起きたと思えば、無駄吠えをする。
俺が誰かもわかっていなかったと思う。

社会人になってしばらく経ち、俺は25歳になっていた。
ある夜、寝てる彼を見ると、呼吸が弱々しいことに気付く。
間もなく彼がいなくなることが予想できた。

57.暗くなったら走らない

毎日走りたい。
ロードを買って、はまりまくった俺は、日々のスケジュールの中で時間を捻出し、隙あらば走り回っていた。
早朝でも深夜でも。
ただ、ある程度走って感じたのだが、高性能のライトをつけても暗い時間帯はどうしても怖い。
明るい時間帯に比べると、道に何が落ちているか、路面が荒れているか、それを判断するのが難しい。
俺としては、なるべく怪我をしない趣味としてサイクリングを楽しみたい。
そう願っても、毎日昼間にサイクリングできるほど時間の余裕があるわけではなく、仕方なく夜に走る日々を過ごした。

43号線を神戸に向かうと、左手に甲子園球場がある。
その日は、金本知憲選手の引退試合で、試合が終わってからも、球場を取り囲んでいる多くのファンの姿が見えた。
俺はひたすら神戸に向かって走る。
この43号線は、信号が少なく走りやすいのだが、トラックが飛ばしまくっている道路でもある。
それに恐怖を感じ、危険を察知した時に歩道に逃げようと思うのだが、車道と歩道の間にある防音壁が邪魔になるのが困りものだ。
できるだけ慎重に慎重に進まなくてはいけない。

西宮市から芦屋市を経て、神戸市に入ったところで折り返す。
ここまで家から15㎞ぐらいかと思う。
往復で考えると、なかなかいい運動になる距離だ。
この神戸までの深夜サイクリングを、毎晩とまではいかないが、数ヶ月繰り返している俺。
「この道も飽きてきたし、たまには違う道で帰ろうか」と思ったのが、判断ミスだった。

少し南に行き、海に近い道を走ってみようと試みた。
辺りは暗くてわかりにくいが、高速を走る車のライトは確認できた。
少し遠くに強い光があるが、多分、ラブホテルだろう。
それ以外は確認できず、なんとなく、俺がいる辺りは工場が多い地域なんだと思った。
暗い中、適当なところで曲がって西宮方面へ戻ろうと考え、ゆっくり進むと、小さな川と橋が目の前にあった。
ほんの数mの川に、人がふたり並んで歩くのがやっとの幅の小さな橋だ。

橋のたもとから、「登りが嫌いな俺でもこれぐらいいける」と余裕をかましながらクランクを回し、緩やかな傾斜を上がっていく。
そして、「そろそろ下りだ」と思った瞬間、暗闇の中に吸い込まれた。
わけもわからないまま、前輪で着地。
怪我はなかったが、びびりまくった。
「エキサイトバイクじゃあるまいし」と思い振り返ると、橋の真ん中から階段になっている。
暗くてわからなかったが、俺は階段に気付かず、そのまま前輪から落ちたようだった。
「余程の理由がない限り、夜に知らない道を走ってはいけない」
嫌でも痛感する。
そして、もうひとつ。
俺は誓った。
「もうここには、二度と来ない」と。

56.たまにはいいこともする(2)

ジョギングをやめて歩いた。
道の左端をチェックしながら進み、大きめの落ち枝があればしゃがんでそれを手に取り、草むらに捨てる。
帰りもこれを繰り返すことで、道の両側にあった邪魔な落ち枝は無くなる。
サイクリングロードの隅から隅まで、というわけにはいかないが、少しぐらい走りやすくなるだろう。
明日からの俺のためにも、他のロード乗りの人にも少しは貢献できる。
俺もたまにはいいことをする。

来来亭に着き、ラーメンを食べた。
俺が10代~20代前半ぐらいなら、「なにこれ!?うまい!」と感じたと思う。
ただ、今の俺には、特別に旨いとは思わなかったし、「誰が食べてもそこそこおいしい」。
味について、そんな印象が残る程度だった。
それはさておき、ここのお店、接客が抜群に良く、「来てよかったなぁ」と思う。
麺の固さ、背脂やネギの量などを選べるサービスがあるのだが、それを親切に、丁寧に説明してくれる初老のおじさん店員に好感を持った。
まわりを見渡すと、他の店員さんも親切な接客を心がけているのがわかる。
知人のNさんも来来亭の別の支店でラーメンを食べ、味のことではなく、「お客さんに気配りができる雰囲気を感じた」と言っていた。
「少し遠いが、また来よう。次は葱ラーメンを食うぞ」と心に決め、お店を出た。

歩道を15分ほどジョギングし、大通りを曲がると川に出る。
橋の脇にある階段を降りて、サイクリングロードを歩いた。
サイクリングの邪魔になるような太い落ち枝があれば、しゃがんでそれを手に取り、草むらに捨てる。
往路と同じ作業だ。
繰り返し繰り返しそれを続けると、なかなかいい運動になった気もする。

家に着き、散らかった部屋でゴロゴロした。
台風が来て以来、久々に体を動かしたからか、夕方なのに眠くなる。
仰向けになり、今日のことを考えると、人のため地域のために少し役立った気分がして、何か満たされた。
「今日の俺は良い行いをした」と、普段良い行いをしていないからこそ、満足度が高いわけだ。
「これはやばいな。明日、思いがけず告白されたりするかもな」、「たまたま拾ったマジソンバッグに数千万円が入っていた!とか、ありえるな」と幸せなことを考えながら、眠りについた。

翌朝、起きたら筋肉痛になっていた。
辛い…。
落ち枝を取る時のしゃがむ動作、手にした枝を投げる動作、これを行ったことで、普段使っていない筋肉を痛めたのだろう。
体の節々をかばいながら、散らかった部屋のゴミをかきわけ、俺はアンメルツを探した。

55.たまにはいいこともする(1)

大雨や台風が来ると、俺のホームグラウンドである近所のサイクリングロードは崩壊する。
アスファルトの道に、砂まみれになる箇所や、落ち葉と枝に散らかった箇所が点在し、ロードバイクで走ってて快適ではない。
台風の次の日、普段は草むらに隠れている蛇が、アスファルトの上で威嚇するようにぴょんぴょん飛び跳ねているところを一度見たことがある。
あれは、かわいい反面、本気で怖かった。

去年の夏、台風でサイクリングロードが壊滅した。
道の上が葉っぱと枝だらけ、砂場のように砂だらけ、というのはいつものことだが、松の木が倒れて道をふさぐ事態に陥っていた。
真っ二つに折れた松の木を記念撮影しているロード乗りもいたが、「これは他人事じゃない」というのが、俺の素直な気持ちだ。

環境が劣悪すぎて、走っててもまったく楽しくない。
路面に敷き詰められた湿った葉っぱを踏んで、スリップするのが怖い。
落ち枝がスポークに挟まるのも不快だ。
それにより、フレームやスポークに傷が入ることにも不安がある。
「しばらくサイクリングロードを走るのはやめよう」
そう思った。

2、3日経った休みの日に、あるラーメン屋で昼飯を食おうと思った。
チェーン店の来来亭。
ラーメン好きを自称している俺だが、実は、この有名チェーン店のラーメンを食べたことがない。
ロングライド中、お店を見かけたことはあるのだが、お店の外にロードバイクを立てかけ、店内で食事している間、盗難にあうのが怖い。
そういうわけで、店内で飲食するお店は、なるべく避けるようにしている。
ロードに乗らなくても行ける距離に支店があるか、店舗検索したところ、あることはあった。
ただ、中途半端に遠い。
ジョギングした場合、40分ほどかかりそうだ。
「そこまでして」という気持ちと「ジョギングしてでも一度は食べてみたい」という気持ちが交錯したが、「サイクリングロードが壊滅状態でロードに乗れないし、どうせ暇だし」ということで、暇つぶしとジョギングを兼ねて来亭亭に行くことにした。

お店までのルートを調べると、一部、サイクリングロードと重なっている区間がある。
今、壊滅的なサイクリングロードをロードで走るのは嫌だが、ジョギングなら大丈夫だろうと思い、慣れ親しんだ道をゆっくりと走った。
やはり道の両サイドには、落ち葉と枝が散乱していたが、真ん中をジョギングする分には特に問題がない。
ただ、けっこう太めのしっかりした落ち枝を見ると、「この後、サイクリングする人は困るやろなぁ」、「どう見てもサイクリングに支障をきたすような落ち枝を除去せなあかんな。後日走る俺のためにも」という気持ちになる。
俺は、足を止め、しゃがんだ。
道の隅にある大きめの落ち枝を手に取り、草むらに捨てた。

54.パンク連発(4)

いつパンクしてもおかしくない痛んだタイヤを履いた状態で、家までの約30㎞を走る。
野間のオオケヤキから、少しの登りの後、ひたすら下り続けた。
路面には、湿った落ち葉や枯れ枝が撒き散らされており、パンクにもスリップにも神経質になってしまう。
そんな時、「バキッ」とプラステックの板が割れたような音が鳴った。
「何か落ち葉に隠れたもんを踏んだんかな?」と一瞬思ったが、止まらすに走り続ける。
どうも違和感がある。
気になる。
ブレーキをかけ停止して、ロードバイクに破損がないか見たところ、懸念していたパンクが後輪に確認された。
「やっぱりなぁ…」
少し進むと道の端に空きスペースがあったので、そこにロードをおして行き、ひっくり返し、パンクした後輪を外す。
俺は面倒くさそうにサドルバッグから予備のチューブを取り出した。
「チューブ交換をしたところで、タイヤ自体が死んでるから、あんまり意味無いよなぁ。またすぐにパンクするよなぁ」と半分諦めながら交換作業をして、再度走り出した。

「頼む。家までなんとかもってくれ。耐えてくれ」と念じながらペダルをこいだが、残酷にもそれは通じなかった。
「バン」
10分ほど走ったところで、二度目のパンクが発生。
もう予備のチューブは無い。
パンクしたまま無理矢理走って帰ろうかとも思ったが、ホイールまで痛めたくない。
ロードを輪行袋に収納して、電車で帰ろう。
それ以外の選択肢は無い。
とりあえず、Googleマップで現在地と最寄りの駅を確認した。
現在地から10分ほど歩けば、北伊丹という駅に辿り着けるらしい。
初めて聞く駅名だ。
ここから10分ロードをおして駅に行き、駅前で輪行袋に収納し、9㎏のロードが入った輪行袋を担ぎ、途中で乗り換え、最寄り駅からまた担いで歩き…今からのスケジュールを考えると、頭が痛くなってくる。
疲れるし面倒くさい。
何か打開策はないか?
あ、ひとつあるじゃないか。

自転車つながりで、後日一緒に野間のオオケヤキに行く約束をしたTさん。
彼の善意にすがりつくしかない。
Tさんにショートメールを送り、悲惨な現状を説明した。
「でしたら、今から車を出して迎えに行きましょうか?」という返事を、俺は喉から手が出る思いで欲した。
コンビニの駐車場の壁にロードを立てかけ、スマートフォンの画面を見つめる。
5分後、返信がきた。
その答えは意外だった。
「今、温泉にきてましてね。リフレッシュしています~」
結局、頼れるのは自分ひとりだ。
日が落ちて薄暗くなった知らない町で、俺はロードをおしながら歩いた。

53.パンク連発(3)

川西池田まで進んだ。
目的地、野間のオオケヤキまで、約半分の距離を進んだことになる。
駅周辺におにぎり専門店を発見し、「次来る時は、ここで昼飯を買おう」とのんきなことを考えていた。
駄目だ。
本当は、そんなのんきなことを考えている場合じゃない。
何か大きな忘れ物がある。
それを思い出さないといけない。

北に向けて走ると、徐々に緑が多くなり、遠出気分を味わう。
「一の鳥居の交差点を右へとちょっくら曲がって」と、ここまで足に余裕があったが、急に登り下りが始まり、気を引き締める。
右へ左へとくねくね曲がる山道をゆっくりと進み、長い坂道に出た。
それを見た瞬間、なかなかの絶望感を覚える。
軽いギアでクルクル回し、坂道の先にあるセブンイレブンに辿り着く。
店内に飛び込み、水を買い、一気に飲み干す。
気付けば、かなりの汗をかいていた。

「登りはここまでか」とほっとして前方を見ると、信号の向こうにも山道がある。
めまいがしそうだ。
ゴール手前まで来ているのに帰るのも気にくわない。
もうひとふんばりして、なんとか登りきった。
そして、下りに入り、少し行くと、野間のオオケヤキがあった。
確かに大きなけやきの木なのだが、疲れはてた俺にはゆっくりと観察する余裕がなく、それは次回にとっておくことに。

ダムが見える綺麗な景色を見ながら帰りたい。
汗がひいてから、往路とは別のルートで帰ることにした。
サドルにまたがり、走り出すと、すぐそこには、「ここは本当に大阪か?」と目を疑いたくなるような田舎の景色。
川や田畑に夕日が差し込み、俺はノスタルジックに浸りながらクランクを回すと、目の前に進入禁止の立て看板が現れた。
最近の台風だか大雨の被害で、この先の道が陥没しているとのこと。
親切に迂回路についての説明も記されているが、その迂回路が登りのようなので、引き返すことにした。
俺は登りが嫌いなんだ。

再度、オオケヤキの前を通過した。
一度停止し、ガードレールにロードバイクを立てかけ、俺は水を飲もうとする。
ボトルケージからボトルを取り出す時、タイヤが目に入り、重大なことを思い出した。
必死に山道を登り、景色を堪能しているうちに、「何か忘れていることがある」と考えること自体を忘れていたが、今頃思い出した。

傷んだタイヤを、買ったばかりの新しいタイヤに交換していない。
中の繊維が露出した、いつパンクしてもおかしくないタイヤを履いて、俺は野間のオオケヤキに向かったんだ。
迂闊すぎる。
幸運にもここまではパンクせず走ることができたが、これからの保証はない。
俺は天を仰いだ。