31.灼熱地獄(5)

2時間ほど横になっただけで、随分と楽になった気がする。
シャワーを浴びて、飲み屋に行って、ビールでも飲もう。
岡山の町に繰り出して、ビールを飲んで自分を労いたい。
しかし、ホテルを出てしばらくうろうろしていると、足が痛くなってきた。
早く近場で適当な店に入ろうと、まわりを見回したところ、1軒のラーメン屋があった。
ラーメンと餃子をちびちび食べながら、ビールを飲むことにする。

店に入ると、客は1人。
ブチギレているおっさん。
カウンターに座って様子をうかがっていると、どうも、ラーメンと餃子とビールを注文したが、出る順番が気に入らなかったようで、ブチギレのようだ。
店員の兄ちゃんがなだめている姿を見ながら、「悲惨な店に入ってしまったな」と後悔する。
おっさんが落ち着いたら注文しようと思い、メニューを見るが、ファミレスにあるような写真や絵をふんだんにつかったメニューで、俺のテンションがさらに下がる。
「味で勝負してる店は、こういう小細工をしないものだぜ」と、しぶく口に出しかけたが、心の中でつぶやくことにした。
メニューには、とんこつ、醤油、味噌、塩に台湾ラーメンまである。
ますます「味で勝負していない店だな」と思う。
何で勝負するかブレブレじゃないか。
なんでもかんでも出して、どれかで保険に入ろうという姿勢、俺は認めることができない。

「なんでもええわ」と思い、特に意味もなく味噌ラーメンとビールを注文することにした。
ブチギレているおっさんは、どうやら落ち着いたようで、手があいた店員の兄ちゃんに注文を伝える。
ラーメンが出てくるまで暇なので、店内を見回したところ、漫画喫茶を彷彿させる量の漫画が棚にある。
カウンターの脇に店主の読む漫画や競馬新聞がある、そんな街の中華屋とは次元が違う量である。
「駄目だ。あらゆる面で味で勝負していない」と俺はうなだれた。

店員の兄ちゃんが味噌ラーメンを持ってきた。
いかにもチェーン店っぽい、見た目、何の印象にも残らないような取るに足らない味噌ラーメンだ。
「せっかく岡山まで来て、こんなもん食わなあかんのか」と思い、一口食った。
「え、うまい」
動揺した。
さっきまでキレていたおっさんをもう一度見て、冷静になって、もう一口。
「やっぱり、うまいやんけ…」
「これ、うまいやんけ!」
俺はガツガツ食った。
ビールも飲んで、満足できるひと時になった。
ありがとう。
岡山の知らん店。
本当にありがとう。

ホテルに戻って、明日のルートを確認する。
今日、行きで痛い目にあったので、別のルートを探し、それを採用することにした。
「今日の失敗は今日のルートが悪かったのだ」と、その責任を自分に追及することなく、ルートのせいだと結論付けた俺。
明日もなるべく早く起きよう。
朝の早い時間、暑くなる前に距離を稼ごうと心に誓い、ベッドに入った。

30.灼熱地獄(4)

照り付ける日差し、ギラギラ輝く水面、すべてが嫌がらせのように感じられる。
顔から流れる汗がとまらない。
それが顎からポトリポトリとこぼれ、フレームのトップチューブにあたってはじける。

岡山駅の近くにあるホテルまで、あと30㎞ちょっと。
ロードバイクでどれだけゆっくり走っても、2時間はかからない距離だ。
だが、この日の俺は3時間を要した。
暑さによる苦しみが限界に近くなり、コンビニを見つけたら休憩を繰り返したからだ。
コンビニのトイレで顔を洗い、水を2本買う。
うち1本の水をボトルに入れ、遠くを見つめながらもう1本を飲む。
気を取り直し、岡山駅に向かって走るが、コンビニを見つければ休憩。
ちっとも進まない。

「仕事でもなんでもないことに、何故こんな苦痛を味わわないといけないのか?」と真剣に考えた。
そして、「誰にも頼まれていないのに、お前の判断でお前の勝手で走ってるんやろ?」と自分に指摘され、仕方なく足を動かした。
山陽道を走っていると、いかにも日本一周してるような出で立ちの自転車乗りに抜かされる。
高速で走るロード乗りたちに抜かされる。
ふとサイコンに目をやると、衝撃の数字「時速6㎞」が表示されている。
こんなロード乗り、前代未聞だ。

低速でだらだらと走り続け、やっと市街地が見えてきた。
岡山駅近くのホテルまであと一歩。
休憩込みで10時間もあれば着く予定だったが、休憩が込みまくったせいで、出発から既に12時間経過していた。
予約した際に指定したチェックインの時間は、既に過ぎている。
「早めに岡山に着いて、チェックインまでの空いた時間、周辺を軽くポタリング(自転車散歩)しよう」。
数時間前まで、そんなナメたことを考えていた自分が情けない。

ホテルに着いた。
玄関の横にロードバイクを立て、前輪を外す。
説明書を読みながら、輪行袋を広げ、そこにロードバイクを収納しようとしたが、思うようにならない。
もう、暑さのせいで冷静に考えることが面倒になってきた。
車体を紐で適当にくくり、適当に収納することにした。
脇に抱えるような無茶苦茶な形で輪行袋を持ち、ホテルの受付へ。
簡単にチェックインをすませ、やっとベッドで横になることができた。

ほっとすると同時に、「また明日もこの道のりを走るのか…」と思い気が滅入る。
クソ暑い中、長距離を走り続けることが、こんなに苦しいとは想定していなかった。
また、反省点として、輪行袋の件がある。
一度でも、家でロードバイクをばらして輪行袋に収納する経験を積んでおくべきだった。
ベッドの横に置いた輪行袋を見て、つくづくそう思う。

29.灼熱地獄(3)

地獄がやっと終わった。
高取峠の頂上まで来た。
そこを下り終え、徐々に街並みが見えてくる。
久しぶりに文明に触れた気持ちになった。
播州赤穂駅の前を通り過ぎた時、「せっかくやから赤穂城に寄ろうか」と思ったが、今は岡山に辿り着くことを優先すべきだ。
赤穂城は明日、帰りに余裕があれば寄ることにして、ひたすら250号線を突き進む。
しばらく走ると、さびれた駅に出た。

天和駅。
どうも無人駅のようだ。
まだ先は長いので、ここで休憩することにした。
クソ暑い中、駅前のバス停で、ひとり、ぼ~っとした。
特に意味もなく、スッカスカのバス時刻表を見ながら。
駅に併設されたトイレを利用して、用を足してから出発しようと思い、トイレに入ったが、蜘蛛の巣が張ってある。
野性味あふれるこのトイレで、用を足す度胸が俺には無い。
即出発することにした。

徐々に暑さが俺を苦しめる。
自販機やコンビニを見る度に、水を買った。
その場で飲む水とボトルに入れる水、計2本。
水分補給を心がけて、苦しみを誤魔化しながら進んだが、ある自販機でお釣りを取る時、へたり込んでしまった。
「地べたに寝てる変な人と思われてもいいから、日陰を見つけて、そこで横になろう」と思い、辺りを見回したが、日陰がない。
絶望に打ちひしがれた。
仕方がないので、岡山目指して突っ走ることにする。
「早くホテルに行こう。着いたら、横になってゆっくりできる」。
それを心の支えにした矢先、登りが立ちはだかる。
勘弁してくれ。

セミの鳴き声に囲まれて山を登る。
車も通らない、人も歩いていない。
「この世界にはセミしかいないのか?」と錯覚しそうになる。
そして、やっと下りだ。
海が見えてきた。
俺は泳ぐのが嫌いなので、海も好きではないが、絶望的な暑さの中をここまで走ってきた俺は、海を見ただけで気持ちが清らかになった。
「カキオコ」と書かれたのぼりが何本かあり、その横を通り過ぎた。
牡蠣の入ったお好み焼き。
ここ、日生の名物だ。
大好きな牡蠣にお好み焼き、うまいに決まっている。
食べたい。
ただ、今食べると、間違いなく吐く。
俺のコンディションが悪すぎる。
再度、海に目をやると、タンクトップにハーフパンツの兄ちゃん、水着姿の姉ちゃん数人が、海岸を歩いている。
その先に、太陽が照り付けギラギラ光る水面。
ゆっくりこの景色を楽しみたいが、怪我しないように路面をチェックしながら走らないといけない。

こうして、暑さに耐え、苦しみながら走ってきた俺は、気づけば岡山県に入っていた。

28.灼熱地獄(2)

8月13日。
岡山にロードバイクで旅行する日を、この日に決めた。
週間天気予報で確認したところ、雨の心配はなさそうだ。
ホテルも、盆休み中なのにそこそこ安目の部屋を予約することができた。
日中の暑さを少しでも回避するため、深夜に出発する予定もたてたし、体もそれにあわすよう朝型の生活を心がけた。
車体のメンテナンスもしたし、輪行袋も買った。
もはや、後顧の憂いなし。

午前3時、出発。
国道2号線をひたすら西へ。
芦屋市、神戸市を経由して、明石市に入る。
車が少なくて、走りやすく、順調そのものだ。
明石市役所の近くのコンビニで休憩して、しばらくすると夜が明けた。
ここまで、夏の暑さによる体力の消耗を避けて約40㎞走ることができた。
計画通りである。

2号線をさらに西へ進み、西明石駅に出た。
昔、営業でここに来た時、びっくりするぐらいまずいラーメンを食った。
そんな、感傷に浸るまでもない、どうでもいい記憶がよみがえってきたが、本当にどうでもいいので先を急いだ。
駅の下をくぐり抜け、250号線を加古川市、高砂市に向けて突き進む。

姫路バイパスまで来た。
ここからは、ルートラボを見て、道を確認しながら進むことになる。
普段、車に乗ることがない俺は(そもそも免許が無い)、初めて行く土地の道が全然わからない。
だが、今回は問題無しだ。
事前に、大阪から岡山方面にロングライドした人のルートをスマートフォンに保存しておいたんだ。
俺はこの辺ぬかりない。

この後も250号線を走るのだが、立ち止まってスマートフォンを取り出し、「曲がるのここでいいんやんな?」とルートを確認することが増える。
そのせいで、徐々に時間をロスしていくことになった。
しばらく進むと揖保川に出た。
大阪市内で生まれ育った俺には、川と言えば緑に濁った汚いものなので、この揖保川がとても綺麗に見えた。
揖保川の川沿いを北上し、田舎の風景を見ながら、2号線に出た。
久しぶりに広く走りやすい道に出た気がする。
ガリガリとクランクを回して、竜野市、相生市へ経て、赤穂市へ。
ここで難関がたちふさがる。

高取峠。
相生市と赤穂市の境になる峠。
交通量もそこそこあり、路面も荒れていたので、シチュエーションは良いとは言い難い。
また、ここまで約100㎞走り、俺自身、若干疲れが出てきた。
だが、この峠を越えなければ赤穂に行けない。
気を引き締めて、軽めのギアでゆっくりゆっくり登る。
横を通過する車に気を付け、また、スリップしないように路面をチェックしながら、ゆっくり登る。
体力的、精神的にも疲れてきたが、「次のカーブを曲がれば頂上だ。もう、この地獄は終わるんだ」と自分に言い聞かせた。
しかし、いくら登ってもいくらカーブを曲がっても、なかなか頂上に辿り着かない。
終わりのない地獄に感じられた。

後年、赤穂市に旅行する機会があり、この辺りのルートを再度確認した。
相生市から赤穂市に出るのに、この峠を回避する道があることを知って、ひっくり返りそうになった。

27.灼熱地獄(1)

ロードバイクに乗り出して、1年数か月たったある夏の日。
盆休みを利用して、自転車旅行を計画してみた。
汗をかいて目的地に着き、ホテルでくつろいでから、夜は近辺の居酒屋で冷たいビールを飲む。
クロスバイクに乗っていた時は、そんな旅を何度か楽しんだが、ロードバイクに乗ってからは、日帰りできる範囲の小旅行ばかり。
それでは駄目だ。
ロードバイクは、楽に速く長距離を走れるのに、その性能を発揮する旅をしないともったいない。
1日で150㎞~200㎞走ることを想定して、目的地を検討する。

第一候補、名古屋。
俺の住む町から名古屋まで約180㎞。
出張や野球観戦で名古屋には何度か行ったことがあり、個性的な食文化に魅力を感じる。
たっぷり汗をかいて走って行き、ホテルでシャワーを浴びた後、世界の山ちゃんで手羽先を食べながらビール。
胸が熱くなるぜ。

第二候補、岡山。
俺の住む町から岡山まで約160㎞。
クロスバイクで姫路に行ったことがあるので、そこまでなら道に迷う可能性が低い。
姫路から向こうも行ってみたいし、名古屋に行くのと比べ、山が少なそうなので、登りが嫌いな俺にとって快適な旅になりそう。

結局、楽することを選択し、目的地は岡山にした。
予定としては、暑い時間帯はなるべく避けたいので、深夜に出発し、15時頃、ホテルにチェックイン。
酒を飲んで寝たら、翌日、早朝に出発し、家まで走る。
そうと決まれば、準備が必要だ。
とにもかくにも、輪行袋が必要だ。
岡山への行き帰りに何かアクシデントがあって、電車で帰ってこなくてはいけないかも知れない。
ホテルに泊まる際、駐輪場にロードバイクをとめておくのは盗まれる懸念がある。
ロードバイクを収納する輪行袋があれば、すべてクリア。
さっそく、尼崎のサイクルセンターサンワに行った。

サイクルセンターサンワは、本館、西館、東館があり、常連客ではない俺には、どこになにがあるのかわからないので(調べたらすむけど)、手っ取り早く、お店のおばちゃんに聞いてみた。
「輪行袋、どこにありますか?」
「そこにあるよ」
指を指された先は、俺の後ろにある棚。
1番下に輪行袋があった。
「前輪と後輪を外すタイプと、前輪だけ外すタイプがあるよ」
「前輪だけ外すタイプやったら、これがおすすめやわぁ」
と、俺に悩む間も与えず適格なアドバイスをくれたおばちゃん。
おかげさまで、手っ取り早く輪行袋を買うことができた。
すごく助かりました。
「もう夏休み?どっか行くの?」
「はい、ちょっと岡山まで行くんです。それで、輪行袋を持って行った方がいいなと思いまして」
と、ちょっとしたコミュニケーションをとった後、俺は店を後にした。
早く岡山に行きたい。

26.アイウェア(2)

川沿いのサイクリングロードを走っていると、土手の上からママチャリに乗ったおじいさんが降りてきた。
おじいさんが俺の前を走り、俺は後ろにはりついた形になる。
おじいさんのスピードがあまりにも遅いので、右から追い抜こうとしたら、「やばい」と思う間もなく、俺は転倒した。

サイクリングロードの一部に、風の影響なのかはわからないが、いつも砂がたまっている箇所がある。
先日、雨が降った後、そこに轍ができてしまい、俺はそれを踏んでしまった。
それが、転倒の原因かと思う。
なんて不幸なんだ。

前を走るおじいさんからも、脇のベンチで座っているおじさんからも、「兄ちゃん、大丈夫か?」と声をかけてくれた。
彼らの好意に対し、俺は「死にかけてるわ!」と声を張り上げるわけにもいかない。
「大丈夫です」と口では言ったものの、本当は大丈夫じゃなかった。
倒れた時、無意識に手をついたのか、右手親指の付け根がかなり痛い。
後々、内出血して、箸を持つのにも苦労することになる。
他に、ジャージの肘の部分。
破れてはいなかったが、少し傷んでいた。
パンツの膝には穴があいてしまい、そこから出血した肌が見えた。

木にロードバイクを立てかけ、外れたチェーンを元に戻す。
ブレーキがまともに動くかチェックする。
ブラケットに傷が入っていたが、フレームは無事のようでほっとした。

気を取り直し、家まで約10㎞の距離を走る。
困ったことに、右手首の親指付け根が痛くて、右ブレーキをかけるのが難しい。
なるべくブレーキをかけなくてすむよう、かなり徐行して走った。

家に着いて、もう一度ロードバイクに破損がないかチェックした。
ジャージとパンツも再度チェックしたが、パンツは棄てるしかない状態だった。
肘や膝も見たが、本当は痛いくせに、「子供の頃、何度もなった擦り傷程度だ。痛くない」と自分に言い聞かせた。
パンツがダメになったのはショックだったが(1万円ぐらいしたのにもったいない…)、諦めるしかない。

一通りチェックを終え、頭にのっけていたアイウェアをとって、こたつの上に置こうとした時、気づいた。
片方のレンズが無い。
転倒した時に、どこかにとんでいったのだろう。
「スペアのレンズがあるので、まぁええか」と思ったその後、「あ!」と叫びそうになった。
転倒後、俺はレンズが片方無いアイウェアをかけて、家まで10㎞走ったのか。
その絵を想像すると、死ぬほど恥ずかしくなった。

25.アイウェア(1)

暖かくなってくると、サイクリングロードに蚊柱ができる。
この蚊柱は、ユスリカという羽虫数十匹から数百匹で構成されているそうだ(わざわざ調べた)。
生物として自然に活動してくれるのは結構だが、ロードバイクに乗っている俺の進路、俺の頭の位置に蚊柱を作るのは勘弁してほしい。
何度、蚊柱に頭を突っ込んだことか。
汗をかいた顔に張り付くし、耳にも鼻にも入る。
そして、一番厄介なのが、目に入ること。
片目をつむり、すごい不快感が残る。
また、その状態で走るのは危険だし、「もし、もう片方の目まで…」と思うと、不安になる。
これは対策が必要だ。
俺はY’sロード大阪に向かった。

アイウェア(グラサン)売り場に行き、悩む。
想像していたより高かったからだ。
今思うと、「相場は2000円ぐらいやろ」と思っていた俺の方に問題がある。
とりあえず、あまりにも個性的というか、いかついデザインの物は避け、シンプルな形で、そしてその中で1番安い物を買った。
黒と赤のフレームのアイウェア。
adidasのケースが気に入った。

以後、サイクリングする時は、必ずアイウェアをかけた。
目に羽虫が入ることがなくなったし、アイウェアのおかげでビジュアル的にもランクがあがった気分だ。
マスクをしている女性がかわいく見えるように、アイウェアをした俺に対する世間からの目も変わるかと、実は少し期待していた。
特に何も変わらなかった。

サイクリングロードを走る時以外も、当然アイウェアをかけた。
ある日、ロングライドした時のことだ。
車道を走っていると、レンズから「カチッ」と小さな音がした。
横に自動車が走っていると、たまにこちらに小石がとんでくることがあるので、その時は「あぁ、小石か」ぐらいにしか思わなかった。
しかし、後々「もし、アイウェアをかけていなかったら、目が負傷していたのか…」と思い、怖くなった。
ビジュアルどうこうではなく、アイウェアの重要性を認識した俺。

サイクリングをした後のルーティンのひとつとして、俺はアイウェアをこたつの上に置く。
ある日、仕事から帰ってきて布団に直行するため、散らかった部屋を移動していると、「バキッ」という音がした。
「何か踏んだな。何やろ?」と思い確認すると、そこにはバラバラになったアイウェアが。
俺の部屋の散らかりっぷりをどう説明したらよいどろうか。
とりあえず、地層をイメージしてほしい。
雑誌の層、チラシの層、スポーツ新聞の層が折り重なって構成されている。
おそらく、何かの拍子に足がこたつにあたり、こたつからアイウェアが床に落ち、それがどこかの階層に紛れ込んだ。
それに気づかない俺は、アイウェアを踏みつぶした。
そう推測される。
バラバラになったアイウェアのパーツを集め、どうしたものか考えてみた。
「アロンアルファ、買いに行こか」と一瞬思ったが、残骸を観察すると、接着した後が無い。
単純に、ノースパットとレンズ、テンプルをリムにはめこむだけで元に戻った。
セーフ。

24.61.4

外からスズメのちゅんちゅん鳴く声がきこえたので、「もう、朝か。そろそろ起きよう」と思ったのだが、気がのらず、仰向けのまま布団の中でゆっくりしていた。
無意味に腹をさすっていると、あばら骨が浮き出ていることに気付く。
そして、顎のあたりをさわってみると、無駄な肉がだいぶ削がれたことを実感する。
起き上がり、体重計に乗ってみると、61.4㎏。
痩せ型ではないが、俺の身長では平均体重だ。
とりあえずの目標は達成できた。

スポーツ自転車が趣味になり、1年と少し。
走れば走った分、食事に気を付ければその分、数字に反映された。
すべての努力は、着実に報われる努力だったのだ。
今思うと、ダイエットもけっこう楽しかった気がする。
体重計に乗る度に、少しでも体重が落ちていれば、「昨日の俺と今日の俺は違う」と感じ、自分に自信が持てるようになった。

その後、また少しづつ体重が増えだした。
ラーメン研究部に入ったせいだ。
友人Nさんと予定をあわせ、有名店に朝一番でならび、うまいラーメンを食べる。
部活以外、ひとりでいる時でもラーメンを食べる。
「腹へったなぁ。何食べようかなぁ。カレーにしよか、牛丼にしよか、蕎麦にしよか」ではなく、「どこのラーメンを食べようかなぁ」で悩む。
俺の中で、食事における選択肢は、ラーメン以外にはなかったのである。
当時、いろいろなラーメンを食べることで、自分のステータスが上がると考えていた。
完璧に常軌を逸している。
徐々に体重は増え、1年もすれば約65㎏になったが、その間もロードバイクに乗り続けたので、「65㎏程度ですんでよかった。耐えた」というのが、正直な気持ちだ。

今でも、たまに飲み会連発の時期になると、少々体重が増えるが、それでも61㎏~64㎏の範囲に収まっている。
俺にとっては、誤差のようなものだ。
ロードバイクに乗って、食事に少し注意を払えば、61㎏に落ち着く。
「体重なんて、ちょっと頑張ればどうにでもなるわ」という感覚である。

ロードバイクに乗って走っていると、何人ものロード乗りを見かける。
基本的に、みんな標準体型から痩せ型だ。
ダイエット目的でロードに乗り出したばかりの人は除いて、ある程度走ってる人は太っていないと思う。
そう思うと、俺の中に「ロードに乗っているのに太っていると、格好悪い」という意識が芽生えた。
ダイエット目的で始めたスポーツ自転車だが、今は、格好悪いロード乗りにならないためにロードバイクに乗って体を動かしている。

23.伽羅橋交差点(2)

難波に着いた俺は、南海に乗り、羽衣へ。
とりあえず降りて、聞いたこともない支線(盲腸線と言うの?)に乗り換えた。
電車の中は男だらけで、いかにも「俺たちみんな、プロレスに行きます」という感じである。
ひとり、吊り革にぶら下がった俺は、目の前の大学生っぽい二人組の話に聞き入った。
昔、大学生っぽい兄ちゃんのひとりが、前田日明選手の若手時代の試合を臨海で観たそうだ。

10分1本勝負とかの前座試合。
前田は押しまくっていた。
相手選手はヘロヘロ。
時間切れになる少し前のタイミングで、前田がフォールしていたら、間違いなく3カウント取れていた。
前田の勝利だった。
ところが、そこで前田は関節技をかけて、決まりきる前に時間切れになった。

「あの時に前田がフォールしてたら勝ってたのに」と昔話のプロレストークをする兄ちゃんを目の当たりにして、プロレス観戦の熱気を車内でビンビン感じた。
駅名標「伽羅橋」を見て、高師浜に向かう。
俺の魂は、十分揺さぶられた。

高師浜を降り、そこから臨海スポーツセンターまでの道がわからない俺は、人の流れに従った。
それらしき建物があり、チケット売り場もすぐわかった。
興行というものや、プロレス人気がどういうものか理解していなかったこの時の俺は、前売り券を買っていなかった。
当時不人気のプロ野球、パ・リーグの試合を観に行く感覚であった。
売れ残っていた5000円のチケットを買う。
チケットぴあとかで買うような、必要な情報のみ印刷されたチケットではなく、選手の写真が載っているチケット。
今でも実家に残していると思う。

会場に入ると、グッズ売り場にパンフレットが何種類かあり、今大会のパンフレット、前回の東京ドームと猪木対アリ戦のパンフレット(俺は観ていない)を買った。
売り場に客が多かったのと、「面倒やからなんでも買ってまえ」という投げやりな俺の性格のせいで、感情移入しにくいパンフレットまで買ってしまったというわけだ。
猪木対アリなんて、俺が生まれた年の試合ですよ。

チケットを見ながら、自分の座席を探す。
1階席の1番後ろの席だ。
リングまで遠いが、そんなことよりも、思い出に残る経験をする。
当時、欠場中だった藤波辰爾選手が俺の後ろの通路を通った時、ちょっぴり感動。
赤いジャージのパンツと青いジャンパーだったと思うが、服を着ていてもドラゴン藤波の肉体から、そのオーラを感じた。

会場全体の照明は消され、リング上にのみライトがあたる。
間もなくゴングが鳴る。

22.伽羅橋交差点(1)

うちの墓は、大阪府のずいぶん南、和歌山県に近い場所にある。
俺が住む西宮市から、往復で120~130㎞程度なので、ロードバイクでも十分行ける距離。
月に1回ほどのペースだが、墓参りを兼ねたロングライドを楽しんでいる。

前回、墓参りに行った時のことだ。
いつも通り、西宮市から尼崎市を経て、大阪市に入り南下する。
その際、堺市、高石市を通過するのだが、伽羅橋交差点で信号待ちをしていて、「なんでやっけ?」と独り言を言いそうになった。
交差点名標識を見ると、「伽羅橋」とある。
これを「きゃらばし」と読む。
何故、俺はそれを知っているのか?
俺はそんなに博識なのか?
違う。
きっと、俺は何かの用事でこの辺りに来たことがあるはずだ。
その時に、印象的なこの地名を記憶したのだろうが、何をしに来たのか覚えていない。
それがひっかかり、ロードバイクに乗っている間、思い出そうと努力した。

俺レベルでは、「伽羅橋」を「からばし」と誤って読む。
ところが、「きゃらばし」という正解を知っている。
「映画か小説の舞台になったのか?」
「地理の授業で習ったのか?」
地理の授業で思い出した。
中学の社会科の教師、Y先生に教えてもらったのだ。

中学1年の俺は、プロレスをいつもテレビで観ていたが、一度、生観戦してみたいと思っていた。
週刊プロレスを読んで、各プロレス団体のスケジュールを確認したところ、あった。
近々、大阪臨海スポーツセンターで新日本プロレスが興行を打つ。
行くしかない。
プロレスに精通しているクラスメイトを数人誘ってみるが、部活があるので無理とのこと。
なら、ひとりで行くしかない。
それを母親に伝えたところ、どうも格闘技の興行にはガラが悪い客が多いという偏見を持っているようで、いい顔はしなかったが、最後にはしぶしぶ承諾してくれた。

当日、学校にいても授業どころの騒ぎではない(俺の中で)。
6限目が終わり、焦りながら掃除をしていると、Y先生が教室に入ってきた。
眼鏡をかけているがガリ勉風ではなく、背が高くスポーツマンで、年齢も若いY先生は、生徒にとって話しやすい先生だった。
実は、大会当日この時点において、俺は、大阪臨海スポーツセンターがどこにあるのか知らなかった。
丁度いい。
先生に聞こうと思った。
「先生、僕、今日、プロレス観に行くんです」
「そうか?新日か?全日か?」
「新日です。それで、場所が大阪臨海スポーツセンターいうとこなんですけど、どこにあるんですかね?大阪やいうのはわかるんですが」
「まず難波に出てな、南海に乗って羽衣まで行って乗り換えるんや。それでな、伽羅橋の次、高師浜で降りたらええ」と乗り換えについてまでレクチャーを受けた。
この時に初めて「きゃらばし」という地名を知って、頭に残っていたんだ。

本当にすっきりした。
すっきりしたのはいいが、途中でお墓に供える花を買うつもりだったのに、それをすっかり忘れてしまっていた。