69.野球と俺(3)

ペコン、ペコン、ペコンと、しょぼい音が鳴り響く。
サイクリングロードの橋脚に向けて、ボールを投げ続けていると、ふと思う。
「何をしてるんやろ?俺は」
ロードバイクで遠出している時にも、同じことをたまに思う。
クソ暑い中や大雨の中、仕事でもなく、1円の得にもならない非生産的なことに必死になっていると、我に返る瞬間があるのだ。
そして、大人の階段を下っている感覚に陥り、それが快楽になる。
壁当ても、肘や肩や腰や膝が少々痛かろうが、気分が良くなるし、野球は楽しい。

俺が真面目に野球を始めたのは、小学校3年の時。
確か、ゴールデンウイーク中だったと思う。
それまで、プロ野球はテレビでなんとなく観ているだけだったし、学校が終わってから近所の公園で友達とする野球も、特に楽しいと感じなかった。
そんな俺が少年野球を習い始めたのは、肥満が原因だ。
もともと好き嫌いが多く、あまり食に興味が無い俺はガリガリの子供だったが、この頃、何故か急に太りだした。
母親はそれを心配し、俺に何かスポーツをさせたくなったのだろう。
俺の友人に少年野球チームに入っているSというのがいて、彼の母親を介し、俺もそのチームに入れようと画策したようだった。

正直、俺は乗り気ではなかった。
まず、塾に通っている上に野球まで習わされると、単純に疲れる。
遊ぶ時間が減るのも嫌だ。
それに、俺は野球がそれほど好きではない。
「なら、一度練習に参加するだけしてみなさい」と母親に言われたが、交換条件として、カブトムシを買ってもらうことで手を打った。
初参加の当日、集合場所に行くと、キャッチボールも何もせず、チーム全員が車に乗せられた。
どこに連れて行かれるのか、何をするのか聞かされていない。
こっちは不安で仕方がない。
まったく土地勘の無い、全然知らない町で車から降ろされ、わけがわからなくなった。
そこから少し歩き、グランドに着いて、先輩たちの試合が始まる。
やっとここに来た意味を理解した。

小学校は同じでも、全く面識の無い先輩達の応援をし、チームにいた同学年のメンバー数人と冗談を言い合い、野球の練習らしい練習など一切せず、無事にその日は終わった。
練習に参加したとは言い難いが、母親には約束通りカブトムシを買ってもらい、ご満悦の俺。
ところが、プラスチックの虫かごの中でスイカを食っているカブトムシを観察していると、異変が起きた。
急に交尾が始まり、俺は絶望する。
その後、カブトムシがすぐに死んでしまうかも知れないからだ。
「飼っていきなり死ぬんかよ…」と、冗談抜きで俺は涙を流した。
俺の野球人生の初日は、野球どころの騒ぎではなくなった。

68.野球と俺(2)

飲み屋で安請け合いをし、草野球に参加することになった。
次の日、起きてからすぐ不安にかられる。
ボールを握るのに、かなりのブランクがあるからだ。
あれは確か、20年近く前だったか、職場で草野球チームを作ろうと、同僚に呼びかけたことがある。
日曜の午後、待ち合わせ場所の河川敷に来たのは、変なおっさん(同僚)と俺だけ。
まさかの2人。
世間話をしながら、夕方まで2人でキャッチボールをした記憶がある。
消し去りたい。

いきなり試合、ぶっつけ本番で、体が動くかどうか、はっきり言って自信が無い。
間違いなくチームの足を引っ張る。
「そんな不安にさいなまれて試合当日を迎えるより、出来る限り自主練をしよう。少しでも不安がやわらぐだろう」と思い、さっそく自主練を始めたいところだが、その前にしなくてはいけないことが、俺にはある。
まず、グローブを探すことから始めなければならないのだ。
一人暮らしをする時、実家から持ってきた荷物の中にグローブがあったはずだ。
まさか、役に立つ時が来るとは。
押し入れの中をひっかきまわす。
存在すら忘れていた大量の本やガラクタの中に、ミズノの茶色いグローブが紛れ込んでいた。
久しぶりにはめてみると、懐かしい感触だ。
古いミズノのロゴにも時代を感じる。
同じミズノ製のグローブでも、ランバードのロゴマークが入った今の物より、この古いMizunoのロゴに俺は愛着がある。

野球に対する情熱が、完璧によみがえった。
野球がしたくてウズウズする。
「ロードバイクに乗って近所のサイクリングロードに行く。そして、橋の下で壁当てをしよう」とグローブとシューズをサコッシュに入れてから、気付く。
ボールが無い。
なら、近所のスポーツ用品店に行って買えばいいだけの話だが、「そもそも試合では何球を使うのか?」と疑問が浮かんだ。
硬球ではなく軟球なのは間違いない。
ただ、軟球でも、俺が子供の頃は、A球、B球、C球と規格があった。
どうせボールを買うなら、試合で使うボールと同じ規格がいい。
草野球に誘ってくれた知り合いから、何球を使うか確認を取ろうとしたが、いつ返事が来るかわからないので、その日の壁当ては諦めた。

だが、ボールを投げたい、受けたい欲望を抑えられない。
ボールがなくてもできることを何か?
今、唯一できることはシャドウピッチングしかないという結論に至った。
それでいい。
今の俺にとって、投球フォームを固める必要性は十二分にある。
散らかった部屋に散乱するゴミやガラクタを隅に寄せ、ピッチングに必要なスペースを確保。
そこに存在しないボールを、これまた存在しないキャッチャーに向かって投げる。
存在しないキャッチャーミットから、「バチーン」と小気味の良い音が響く(脳内で)。
その日、部屋でひとり、ぜえぜえ言いながらシャドウピッチングを楽しんだ。

翌朝、起きると、肩が痛い。
筋肉痛だ。

67.野球と俺(1)

ロードバイクに乗ってサイクリングロードに行く。
以前なら、そこで往復25㎞の距離を走って終わりだったが、最近は違う。
川沿いのサイクリングロードには、数本の橋が架かっており、その中の適当な橋の下で、俺は壁当てをしている。
前の日曜日も、サコッシュにグローブとボール、シューズを入れ、ロードに乗って家を出た。
数㎞走り、他に誰も壁当てしていない橋脚があると、俺が使わせてもらう。
ロードを降り、ビンディンシューズからランニング用のシューズに履き替え、ボールに魂を込め、壁に向かって投げつける。
「ビュッ」や「ズドーン」という効果音が脳内で再生されるが、現実は、壁に当たった瞬間、「ペコッ」と音がする程度だ。

投球フォームをチェックしながら、一球一球、しっかりと投げることを心がける。
ただ、悲しいことに、20球も投げると膝が笑い出す。
壁から跳ね返ってきたゴロを捕球するため腰をおとすと、徐々に腰が痛くなる。
帰る頃には体の節々が痛くなり、次の日、目覚めとともに気だるさを感じる。
サイクリングと壁当ては、使っている筋肉が違うからなのか。
俺にとって、ボールを投げること、取ること自体に、ブランクがありすぎるからなのか。
想像以上に体への負担があるようだ。

俺は40を過ぎたおっさんだが、同世代のおっさんよりも「動けるおっさん」を自負していた。
基本的にどんくさい性質の俺だが、ロードバイクに乗って長時間動くことで、「俺はなかなかやるおっさん」と、自分を過信していた。
現実は、「ただのおっさん」なのに。
これからは勘違いすることなく、自分の立ち位置をわきまえて、しおらしく生きていきたい。

それにしても、40を過ぎてこんなことをしているとは、想像もつかなかった。
30年前の俺が今の俺を知れば、度肝を抜かれるだろうことだろう。
こうなった経緯を何と説明すればよいのだろうか。

先日、俺は、いつものように近所の飲み屋にいた。
瓶ビールを飲みながら、焼き厚揚げをちびちび食べていたその時、「春に草野球しませんか?」と知り合いから、声をかけられた。
これが始まりである。
俺が少年野球を経験していたこと、今でもプロ野球を観るのが好きなことを、知り合いは知っていた。
だから、俺を草野球に誘ったのだと思う。
「やりましょう。本気出していいですか?」
「変化球は5種類投げられますが、素人相手やと封印しておいた方がいいですかね?」
確か、酔った勢いでこんなくだらないビッグマウスをかました気がする。
後々、辻褄をあわせるのに苦労するのに…。
本当にくだらないことを言ってしまったものだ。

66.決まった形はない

サイクルウェアを買いに来た。
あらかじめ何を買うか絞っていたので、売り場に目当ての物があることを確認し、それ以外のウェアも一通り見て回った。
シューズやグローブに関しては、既に持っていたので買う必要は無かったが、それらもどのような新商品があるのか見ておきたい。
お店全体の商品を見ないと、せっかく来たのにもったいない気持ちになる。
ジャージの売り場は、セール品と各メーカーごとに別れて陳列されていて、たまたまシューズ売り場の近くでジャージを見ていた時のことだ。

スーツを着て眼鏡をかけ、すらっとした若いお兄さんがシューズ売り場にいる。
それが少し目に入った。
彼に対してあまり興味を持たず、ハンガーを掻き分けてたくさんのジャージをチェックする俺。
夢中になってジャージを見ていると、近くで「初めてウェアを買うんですけど、何と何を揃えなくてはいけないですか?」という声がきこえた。
シューズ売り場にいたお兄さんが、店員さんに聞いている。
「俺には関係無いわ」と思ったが、次に聞こえた話し声に俺は魂を揺さぶられる。

「決まった形はありませんよ」
女性店員さんの声がきこえた。
俺としては、基本となる形は、あることはあると思う。
寒い時期なら、ジャージ1枚ではなく、その中にインナーを着る。
更に寒ければ、ジャージの上にジャケットを羽織る。
暑い時も同様に何か工夫をする。
メーカーによっては、「この温度ならこの商品をおすすめします」と親切に伝えてくれているケースもある。
ただ、女性店員さんもそんなことをわかった上で、お客さんに言ったと思う。
「決まった形はありませんよ」と。

「サイクルウェアは、道具ではなく、モードだ。生き方そのものだ」と妙に感心してしまった。
さすがに決まった形はないと言っても、厳寒の時期に半袖ジャージ1枚で走る人はいないだろうが、だからと言って、メーカーが指定した通り、みんなが着ている通りにしなくてはいけないルールはない。

普段、人と接していて、「みんながしてるからいい」、「雑誌に書いてるからいい」という価値観で生きている人を、俺は凄く気持ち悪いと感じている。
「こいつは、安くて替えがきく」と思っている。
俺は、「自分でものを考えることができる」「自分でものを感じることができる」、そして、「自分でものを決めることができる」というのが、個人が人間として証明される最低条件だと思う。
世の中が、赤の他人たちが作った空気を有り難がって生きるなら、「死んだ方がマシ」と思うのが普通ではないか?

お目当てのジャージとパンツを買う。
帰りの電車の中、いつもなら「早く帰って、これを着て走りたい」と思うだろう。
でも、この時は違った。
「決まった形はない」
それは、サイクルウェアに限ったことではなく、生き方そのものに直結する。
「決まった形はない」
ロードバイクの乗り方自体もそうかも知れない。

65.パールイズミ

ネットでサイクルジャージについて調べてみた。
季節、温度によって着る物が異なり、また、その組み合わせにもいろいろパターンがあるようだ。
その時は暑い時期だったので、「小難しいことは抜きに、とりあえず半袖ジャージを買えばええわ」ぐらいに考えたのだが、そう言えば、ボトムについても検討しなくてはいけない。
サイクルジャージを着ているのに、下はランニング用ジャージのパンツ…というわけにもいかない。
それなら、上下ともにランニング用ジャージの方が、まだ見映えは良いだろう。
想定外の出費になるが(想定しとけよ)、半袖ジャージと一緒にボトムも購入することにした。

まずは半袖ジャージ。
ネットで調べると、聞いたこともない多くのメーカーが、様々なデザインのジャージを発売している。
値段もピンキリだ。
俺としては、スポンサーのロゴが入りまくっている、いかにもプロが着てそうなジャージのデザインに魅力を感じる。
単純に格好いい。
プロっぽく、「こいつは、いかにもやりそうやな」と思われたい。
ただ、それを着ても走るのが遅ければ、かえってみっともない。
ここは、真っ白とか真っ黒とか、地味なジャージにしようと思う。
メーカーに関しては、どこがブランド力があるか等あまり興味が無いし、そういうことを調べること自体面倒なので、「とりあえず日本のメーカーでいい」と考えた。
困ったら日本メーカー。
俺の鉄則。
そして、パールイズミ。
商品カタログを確認すると、グレーでシンプルなデザインの半袖ジャージがあり、カジュアルな印象を受ける。
フリージーとかいったな。
他のジャージと比較しても、値段はそれほど高くないので、もう迷うことはない。
決定。

次はボトム。
機能としては優れているだろうが、どうしてもピチピチのタイツには抵抗がある。
それを履いて、サイクリング中、コンビニに立ち寄る俺の姿を想像してみた。
「確実に、俺には似合えへんな」と思う。
タイツ以外の選択肢は無いかと、続けて商品カタログを確認すると、あるではないか。
見た感じ普通の長ズボンだが、9分丈でリフレクターが付いてる物や、ファスナーで丈を調整できる物が。
また、鍛えたわけでもないのに無駄に太ももが太い。
そんな、俺みたいなロード乗りにも優しいワイドサイズも取り揃えている。
「有り難すぎるやろ」と心の底から思った。
俺みたいな例外も救い上げてくれる姿勢に感謝する。
決定。

上下ともにパールイズミで決定。
なんとなくだが、名前からしてやってくれそうな気がしていた。
パールでイズミですからね。
光沢感と清涼感が半端ではない。
さぁ、現物を見に、買いに、Y’sロード大阪ウェア館に行こう。
胸が踊る。

64.やっぱりペンギン歩きをする(3)

ベランダから夕日が射し込む。
俺は部屋の隅であぐらをかいて、SPD-SLシューズにクリートを付けていた。
新しく買ったペダルをロードバイクに取り付け、新しく買ったシューズを履いて、早く走りたい。
そんな気持ちを抑えながら、六角レンチでボルトを締めたり緩めたりと、微調整を繰り返す。
「まぁ、こんなもんか」と一通り作業を終え、買ったばかりのシューズを履き、散らかった部屋の中をペンギン歩きでうろついた。
以前履いていた合皮とゴムのシューズに比べ、軽く感じる。
ソールに付いた剥き出しのクリートには違和感があるが、クリートカバーを付けることによって、少しはマシになったのかも知れない。

ペダルの交換も簡単にすませ、暗くなるまでに少し走ってみた。
SPDを経験していたことで、ビンディンの扱いは慣れている。
おかげで、SPD-SLになっても立ちゴケの心配はなく、集中して走ることができた。
軽い。
通気性が良い。
そして、「いかにもロードバイクに乗ってるぜ」、「いかにもレースに出まくっているぜ(出たことないけど)」というルックスが良い。
俺自体の力量には何の変化も無いが、ルックスが変わっただけで進化した気分になれる。
これも、ロードバイクを趣味にして感じる喜びだ。

数日後、SPD-SLシューズを履いて、ペダルを踏んで、初のロングライドをした。
行き先は和歌山。
天気は快晴(もう、大雨の中、走るのはこりごりだ)。
昼前に出発、途中で墓参りをして、午後20時~21時に家に着く予定を立てた。
これまで何度も走った道なので、何の不安も無い。
飽くまで、新しいシューズとペダルに慣れることを目的としたロングライドである。
途中、コンビニに寄る度に、ペンギン歩きをしなくてはいけないことが少々辛かったが、慣れの問題だと割り切った。

シューズとペダルをSPD-SLにしてから、俺の中で「いい加減、サイクルジャージ買わあかんな」という意識が芽生えた。
「いかにもノード乗り!」な感じのシューズを履いているのに、着ているのはジョギング用のジャージ。
「これでは反ってみっともない」
そんな気持ちも妙なコンプレックスになってきた。
ちょうど、Y’sロード大阪にウェア館ができたので、前から行ってみようと思っていた。
「いい機会だ」と考える。
とりあえず、行く前に、サイクルジャージについての予備知識を仕入れておこう。
Googleの検索窓に「サイクルジャージ 基本」と打ち込んでみる。

63.やっぱりペンギン歩きをする(2)

ビンディンペダルから離れないビンディンシューズ。
固定されたままでは、ロードバイクに乗っても降りることができない。
どうするか?
特に打開策も無いので、新しいペダルを買うことにする。
今まで使ってきたSHIMANOの黒いSPDペダルをもう一度買おうか。
それとも、いっそのこと、この機会にSPD-SLに変えようか。

SPDもSPD-SLも、ペダルとシューズを固定する点では同じである。
今、俺が使っているSPDは、シューズのソールをくりぬいてクリート(ペダルと結合する部品)を付けるため、ロードから降りても普通のスニーカー感覚で歩くことができる。
SPD-SLの場合は、ソールにそのままクリートを付けるため、歩く時に少々苦労する。
爪先を上げて、ペンギン歩きをしなくてはいけない。
ただ、ロードバイクのビンディンと言えば、本来はSPD-SLなので、一度経験しておきたい気持ちもある。
よし、今回、メンテナンスに不備があり、SPDペダルとシューズが外れない事態を、「SPD-SLに変えるいい機会だ」と前向きにとらえよう。
SPD-SLペダルを買いに、俺は梅田のウエムラサイクルパーツに向かった。

ペダルの売り場に行くと、お目当てのSPD-SLペダルがあったが、同じSPD-SLでも数種類あり、何が良いのかわからない。
とりあえず、値段が高い物がいいのだろうと思うが、ペダルに2万円以上は腰がひけてしまった。
「初めてのSPD-SLやし、まずは慣らす意味でこれでいいだろう」と、5,000円ぐらいの一番安いペダルを手に取って、レジに向かおうとしたが、ふと、足をとめる。
「他にも必要な物があるはずだ」
よく考えると、今まで使っていたペダルと規格を変えるということは、クリートもその規格にあった物にしなくてはいけない。
更に、シューズもだ。
SPD用のシューズとSPD-SL用のシューズは異なる。
両方兼用のシューズもあるが、俺が履いていたのは、兼用ではなくSPD用シューズだ。
ペダルをSPD-SLに変えることに伴い、SPD-SL用シューズもあらたに買わなくてはいけない。
想定外の出費である(想定しとけよ)。

シューズの売り場で、SPD-SL用のシューズを見ると、2万円後半から3万円代。
目が飛び出るかと思った。
俺は目線を下に向け、棚の下の方にある安いシューズをチェックする。
あった。
1万円未満。
決定だ。
色は黒。
これも都合がいい。
今まで履いていたSPDシューズは、白だったので、無駄に汚れが目立ったが、黒だとその心配が無い。
店員さんに声をかけ、試し履きさせてもらい、サイズにも問題無かったので、清算後、寄り道をせず家路を急ぐ。
早くSPD-SLシューズで、ペダルで走りたい。

62.やっぱりペンギン歩きをする(1)

ロングライドで淡路島に行った帰り、いつものように、休憩をとろうと明石市役所の近くにあるコンビニに寄った。
目の前に海が広がるこのコンビニを、俺は気に入っている。
コンビニ前の駐車場に入り、左足をくぃっと回してビンディンペダルからシューズを外そうとした時、妙な違和感があった。
いつもなら、軽く左足をひねって「バチン!」という音がするのだが、それは無く、2、3回ひねってやっと外れる。
「ちょっとおかしいな。いつもと違うな」とわかっていながらも、ハイチュウやのど飴、水などの買い物をして家に向かった。
途中、赤信号で停止しようとした時、更なる異変に気付く。
左足が、ペダルから離れない。
仕方がないので、右足をひねって、右足で着地し、停止する。
これはまずいことになったと思った。
帰るまで、左足はペダルに固定されたままだ。

基本、道路の左端を走るロードバイクは、重心を車とは逆側、つまり左側に置いて停止するのだが、それができなくなった。
その点に気を付けて、家までの約40㎞を走らなくてはいけない。
なんとか家に着き、マンションの1階から俺の部屋に上がろうとしたが、左足がペダルと固定された状態なので、ロードから降りることができない。
仕方がないので、左足だけビンディンシューズを抜き、ペダルに固定させたまま、俺はロードを担いで階段を上がった。
この時、右足は靴を履いているが、左足は靴下だけの状態なので、「誰ともすれ違わないでくれ」と真剣に念じた。
俺にも世間体というものがある。

部屋に入り、ロードを玄関の脇に立て掛け、固定されたビンディンシューズとペダルを分離する作業に入った。
無理だ。
力業では無理だ。
ここは冷静になろうと、ロードを見つめながら一息着く。
誰も乗っていないのに、ペダルにシューズが乗っかったロード。
なかなかシュールな光景である。
他人事なら笑えるが、自分のことなら、頬がピクリとも動かない。
さて、どうしたものか。
ネットで調べてみて、いろいろ試してみるが、事態は変わらなかった。

「新しいのを買うしかないか」
悩んだ結果、出た答えがこれだ。
このビンディンペダル、値段がそれなりにしたと思うが、毎日俺に踏まれ、頑張ってくれたし、俺としても十分に元を取ったと思っている(別れ方は、少々情けないが)。
よく考えると、サドルバッグ(サドルの下に着けるバック。予備のチューブや軍手などを収納する)に六角レンチが入っていたのに、明石のコンビニで異常を感じた時、何故俺はメンテナンスをしなかったのだろうか。
そうすれば、こんなことになっていなかったのかも知れないのに。
反省しても、もう遅いですね。

やはり、また、いつもの「俺は梅田のウエムラサイクルパーツに向かった」になるようだ。

61.犬と生垣(4)

死ぬ覚悟をした後の吠えまくるパピヨンと、飼い主のおばちゃんに別れを告げ、俺はサイクリングロードを家に向けて走る。
犬同様、俺は俺で興奮状態になったので、なるべく早く家に帰って落ち着きたいと思った。
手が痛い。
半袖のTシャツを着ていたため、生垣に突っ込んだ時、もろに枝が手に突き刺さった。
ドクドクと血がながれている感覚も、ハンドルを握った手にはある。

走りながらも考えていた。
俺が飼っていたシーズーと、ひきそうになったパピヨンがよく似ていたなと。
耳が立っているか、垂れているかの違いだなと。
ロードバイクでうちのシーズーをひくなんて、想像しただけでも怖いものがある。
俺は怪我をしたけど、犬だけは無傷でよかった。
また、今までは子供の飛び出しには気を配っていたが、犬に対しても注意が必要だ。
ロードに乗る時はいつも、自分なりに慎重になっていたつもりだが、今まで迂闊だったようだ。
そう思いながら、サイクリングロードの脇にある坂を上がり、車道に出た。

家までの短い距離の中、小刻みに信号がある。
赤信号で停止して、青になるまで待つ間、やたらと歩行者の視線を感じた。
ちょうど夏の時期で、汗をかきまくり体重が激減していたので、「俺も国民的アイドルに一歩近付いたか。この視線の意味は」とのんきに受け止めていた。

家に着く。
当時、サイクルジャージではなく、普通のTシャツで走っていた俺は、1回走っただけで汗だくになり、なかなか乾かないTシャツを洗濯機に放り込もうとした。
その時、白いTシャツが、赤に染まっていることに気付く。
「前傾姿勢をとる時に、手の血がTシャツについてもうたんやな」ぐらいに考え、洗濯したが、先ほどの人々の視線は、血まみれTシャツを着ている狂ったやつへの視線と理解した。
俺は、ふて寝した。

数日経っても、ひきそうになったパピヨンが気がかりで、サイクリングロードを走る度にその姿を探した。
俺のせいで精神的ダメージを受け、散歩に行かなくなったとか、具合が悪くなってしまったら、後味が悪い。
とりあえず、「あの犬を見かけないのは、俺が毎日同じ時間に走っていないように、向こうも同じ時間に散歩しているわけではないのだろう」と思うようにした。
その後、確か1ヶ月ほど経ってから、やっと見かける。
俺と接触しそうになった生垣の裏を、飼い主のおばちゃんと元気そうに歩いていた。
セーフ。
ほんの一瞬、その後ろ姿を見た程度だが、やっと肩の荷が下りた。

60.犬と生垣(3)

普段走るサイクリングロードは、山から吹き下りる風の影響なのか、山側に向かって走れば走るほど向かい風が強くなる。
必死でペダルを踏んでいるつもりなのに、スピードがのらない。
しかし、その日はたまたま風が弱く、走りやすい日だった。

山側の道は広く、周りは芝生なので見晴らしがいい。
木や成人の腰の高さまで伸びている草が密集している箇所は、事故を想定して神経質になるが、見晴らしがいいということは、俺にとって都合がいい。
トリッキーな動きをする小さい子が、急にアスファルトの道に飛び出してきた時、こちらとしては事前に停止する準備ができる。
そういう点で良い環境である。

山側の道にさしかかった。
右手に広い芝生。
左手に土手と芝生があり、四角い生垣がつらなっている箇所が一部ある。
その生垣も子供の背丈より低いので、さほど神経質にならずクランクをまわした。

生垣の横を走る。
低い生垣なので、その向こう側も見渡せる。
向かい風も無く、まわりに人がいない。
ペダルをガンガン踏み出して、すぐのことだった。
生垣と生垣の間に30cmほどの隙間があり、そこから小さな犬が飛び出してきた。
一瞬、10年前にあの世にいったうちの犬かと思う。
白とグレーのブチがそっくりだった。
驚いたのは俺も犬も一緒で、犬は勢い良く飛び出したのが裏目にでて、進行方向を変えれないと判断したのか、諦めたのか、道の上で仰向けになった。
「このままでは、犬の腹の上を走ることになる」と俺は思い、それを回避するためにハンドルを左にきり、ロードバイクごと生垣に突っ込んだ。
お互い、一瞬の判断だった。

犬をひかずにすんだ。
生垣に突っ込み、その細かい枝が突き刺さって手が血まみれになった俺は、ほっとしながらも興奮が続く。
犬は犬で、興奮状態。
俺にむかって吠えまくっていた。
事故を回避して吠えられても…と、やるせない気分になるが、犬は無事でよかった。
飼い主のおばちゃんが小走りに近付いてくる。
興奮状態の犬を抱きながら、俺に謝りまくる。
どうも、芝生の方で、顔見知りの飼い主と犬のコミュニティがあり、「先に挨拶しておいで」という意味で、犬のロープを離したそうだ。
犬は仲間のところへ向かおうと一目散に走り、そこで俺に出くわした。

子供の飛び出しには注意していたが、さすがに犬は想定していなかった。
俺なりに反省しなくてはいけない。
謝りたおすおばちゃんに、「彼もびっくりしたと思うので、後で優しくして、落ち着かせてあげて下さいね」と言って、その場を去ることにした。
おばちゃんに抱かれた犬は、相変わらず俺に吠えまくっていたが、もういい。
その犬はパピヨンで、俺が飼っていた犬の耳を立てた感じ。
かわいい顔をしていた。