2.STARTING OVER

月に何度か仕事の都合で役所に通う予定があった。
会社から役所まで電車で3駅。
歩いた場合は30分程度。
「3駅ぐらいの為に電車賃払うのもアホらしいなぁ」ということで、歩いて役所に向かったが、よく考えてみると時間がもったいない。
ならば、家から自転車を持ってきて、それを利用しよう。
いやいや、よくよく考えてみると、俺には自転車が無い。
以前、駅前にとめていたところ、撤去されて保管期限が過ぎていた。
関係の無い話だが、俺の家にはテレビが無い。
車も無い。
そもそも免許が無い。

「ならば自転車を買おう」ということで、どのような自転車を買うか検討してみた。
以前、ママチャリを少しスポーツタイプにした自転車(撤去済み)に乗っていたのだが、次買うなら、もっとスポーティーな感じが良い。
役所に行く為だけではなく、趣味として近場を快適にサイクリングしたり、小旅行できるタイプの。
どの様な車種があるか?価格はどの程度か?また、それを近所の自転車屋で買えるのか?
ネットで調べたところ、どうもクロスバイクというものが俺のニーズにあうらしい。
値段は、5~6万円でそれなりのものが買えそう。
歩いて行ける範囲に5~6万円のクロスバイクを扱っている店があった。
「さっそく行ってみよう」ということで、さっそく行ってみて、さっそく買った。

店主のおっちゃんからチューブの交換方法など教えてもらった後、店を出て少し走ってみる。
普段、高性能な自転車に乗らない自分にとって、別世界だった。
速い、軽い。
路面をすべるような感覚。
「何㎞、何十㎞も走れる」。
そんな自信が湧いてくる。
2万円程度の自転車しか買ったことがない俺にとって、5万の自転車を買うのは少しの度胸が必要だったが、もう既に元が取れた気分。

休みの日、近くのサイクリングロードに行った。
2時間で40㎞ほど走った。
汗でTシャツが胸に貼りつき、まわりから見たら不快かも知れないが、俺自身は爽快でしかない。
帰って体重計に乗ってみたところ、2kg落ちていた。
探していた「痩せるきっかけ」がここにあった。

以後、「趣味は何ですか?」と聞かれると「自転車です」と答えている。
大事な大事な自転車は、大事に扱わないといけない。
家に帰っても駐輪場にとめず室内保管とし、コンビニに入る際は盗まれないよう早めに用事をすますよう心がけた。
当然、役所の駐輪場に10数分とめるのもご法度である。
結局、役所に歩いて行く日々が続くこととなったが、この時から、俺はやり直す。

1.過去の俺を振り返って

隣のテーブルを見て、「お前ら、さすがに太りすぎやろ?」と思った。
深夜、神戸のラーメン屋を訪れた時のことである。

その日、日付が変わるちょっと前、仕事を終えた友人Nさんに車を出してもらい、神戸に向かった。
神戸の人なら誰でも知っているであろう有名なラーメン屋。
その本店めがけて。
以前、うちの近所に支店があったのだが、正直、ラーメンは俺の口にはあわず、印象としては「ラーメンより唐揚げがうまい店」。
「本店なら同じラーメンでも格段にうまいかも?」と淡い期待を寄せた。

Nさんと世間話をしつつ、注文したラーメンを待っている間、ふと隣のテーブルが目に入る。
そこには、目を疑うほどの肥満体、肉の塊のような3人が必死でラーメンを食っていた。
ゆったり目の4人掛けテーブルが小さく見える。
昔、初めてプロレスを生観戦した時、テレビとは違い、リングが小さく、そして選手の体が大きく感じた。
そんな懐かしい思い出がよみがえってくる。
彼ら3人には、徹夜で対応しなくてはいけない仕事があるのだろう。
皺の入ったくたびれたワイシャツを着、ズボンのベルトをゆるめ、ラーメンをかっくらう肉の塊。
過去の俺も同類だった。

仕事柄、朝から晩までパソコンの前に座り、終電で帰る日々。
常に時間が気になり、「今日はなんとか終電より1本でも早い電車に乗れるように頑張ろう。その分、睡眠時間が10分でも増えるんだ」と自分を鼓舞するが、それが叶わない現実。
週に1度の貴重な休みは、溜まった洗濯物を処理した後、余った時間で納得いくまで飲む、食う、
わざわざ隣町の焼き鳥屋まで行き、たらふく飲み食いした後、駅前のモスバーガーに寄ってハンバーガーをテイクアウトする。
家に着いたら、それを食い、また酒を飲む。
そして横になり、気づけば月曜の朝。
出勤。
納期が近付くと、終電で帰ることも困難な毎日。
徹夜を決心すると、深夜も営業している飲食店で腹ごしらえだ。
ベルトをゆるめ、ワイシャツのウエスト部分に入った皺を見て、「だらしない」と自覚するが、それでもラーメンをかっくらう。
167cmの俺の体はブクブク太り、82kgに到達した。
視界の隅にある肉の塊3体と比べると、過去の俺はいかんせん小振りではあったが、デブはデブだ。
「見栄えが悪い。健康にもよくない」と太るデメリットをわかっていながら、「仕事柄、仕方がないんだ。環境のせいなんだ」と他人にも俺自身にも言い訳をしていた。
でも、本当のことを言うと、痩せるきっかけを探していたんだ。

「もうあの頃の体に戻りたくない」と強く思う。
Nさんとの世間話が耳に入ってこない。
わざわざ車で神戸まで来たのに、ラーメンの味などどうでもよくなった。